ボレロ - 第三楽章 -
「兄が選ぶ色は的確なんです。意外にも、色彩感覚にすぐれているらしくて」
意外にもってなんだよ……と宗がぼそっとこぼしたが、静夏ちゃんはかまわず話を続けた。
「私も母も色あわせに困った時は兄に意見を求めるんです。
着物の小物の取り合わせなんて、抜群に上手なの。色などには無頓着な顔をしてるのに、驚きでしょう?」
「静夏、言うじゃないか。その無頓着そうな俺に、これまで何度聞いてきた」
「そうだけど、一応みなさまにご説明しておこうと思って」
色合わせはセンスがものをいう。
私が着る服へ彼が意見を言ったことはなかったけれど、どんな風に見ていたのだろうと気になりながら、こんな才能があったのね、すごいわと宗に言うと……
「才能じゃないよ。基本的な色の知識があれば誰にだってできるはずだ。
洋服は、肌の色の邪魔にならない色を選べばいい。
着物は、小物と着物の色柄の組み合わせを考えれば、おのずとわかってくるよ。
自分が嫌いな色は似合わないそうだ。だから、それを避ければいい」
宗の言葉に、斎賀先生は大きくうなずき、
「おっしゃるとおりです、ウチの学生にも言って聞かせたいものです」
大学の服飾科の講師も勤める先生も感心している。
「色彩の勉強もしたの?」
「少しかじっただけだよ」
私の問いに宗は照れたように答えた。
色彩の基礎まで心得ているなんて、どこまで知識が広いのだろう。
「テキスタイルのために色彩の勉強もしたわ。
私の方が色に関しては詳しいはずなのに、少しかじっただけで、理論と知識を駆使して自分の物にしちゃうんだもの。
宗ってそんなところが腹が立つのよ」
「腹が立つじゃなく、尊敬するの間違いだろう」
宗が静夏ちゃんを睨みつける。
今度はかなわないと思ったのか、知弘さんの後ろに隠れてしまったが、後ろ手で妻をかくまう知弘さんと、夫に甘えるように頼る静夏ちゃんの姿が微笑ましく見えた。
理論と知識で色合わせまでできてしまうなんて、宗だからできるのかもしれない。
整理整頓も、料理も色彩の感覚も、系統立てて考えるだけだと言うが、基礎知識を習得し、それを発展させ、得た知識を自分のものにしてしまうのだから、それも才能ではないだろうか。
こうして、ドレスの色は宗の意見が取り入れられ、数点が仕立てられることになった。
そう決まったものの、私はスッキリしない思いを抱えていた。
両家の両親のためにも、相応のしたくが必要だと頭ではわかっているが、一度きりの披露宴のために仕立てられるドレスの数々は本当に必要だろうか、贅沢に思えてならない。
けれど、お義母さまもいらっしゃる席で 「何点ものドレスは贅沢です」 と口にするのははばかられる。
折り合いのつかない胸の内を抱え、うつむきながらため息をつくと、静夏ちゃんから私の思いを代弁するような声が飛び出した。
「宗との結婚ってこんなに大変なのね。私には務まりそうにないわ」
「安心しろ、相手はおまえじゃない」
「そうだけど、珠貴さんに同情するわ……ねぇ、知弘さん」
「なんだい?」
「私のドレスだけど、何枚も必要かしら。お式で一度しか袖を通さないのよ。
少し数を抑えましょうよ」
母親ふたりの顔色が変わった。
「お式はもうすぐなのよ。なにより須藤家のみなさまに失礼でしょう」
近衛の義母が静夏ちゃんをたしなめる声は厳しかった。
知弘さんごめんなさいね、との義母は申し訳そうな顔だったが、知弘さんはにこやかに微笑み、その顔を私たちにも向けた。
「静夏にはしっかり宣伝してもらうよ。もちろん珠貴もその役を担っているけれどね」
「私が宣伝?」
思わず聞き返して静夏ちゃんと顔を見合わせたが、どちらも疑問符が浮かんだままだ。
「そうだよ。いま、高価なものが敬遠され、安価なものを求める傾向が強い。
それもいいが、良いものの価値が見失われてしまいがちだ。
繊維業界の発展のためにも、こんなに良い物があるのだと、みなさんに見ていただきたいね」
「君がいつも言ってるじゃないか、アクセサリーを自分が身に付けることで見てもらえると。
ドレスも同じじゃないのかな。披露宴には大勢の人が集まるからね。
衣装に興味をもち良い物だと思えば、商談に発展することもあるだろう。
ビジネス戦略だと思えばいい」
私へ言い聞かせるように、宗からもこんな言葉があった。