ボレロ - 第三楽章 -
結婚式もビジネスにつなげて考えるなら、みなさまへのお披露目だけでなく大きな意味を持ってくる。
結婚式だから婚礼衣装を着るのではなく、ビジネス戦略だと思えば心構えも変わってくるものだ。
私が広告塔になればいいのねと応じると、
「うん、披露宴は絶好のチャンスだ」
「披露宴だけじゃない、今後パーティーへ出かける機会も増える。
ふたりには、どんどん新作を着てもらうよ。
注目されること、すなわちビジネスチャンスだからね」
宗も知弘さんも言葉に熱が込められている。
静夏ちゃんも納得した顔で、「楽しそうね」 と意欲的になってきた。
「先生、パーティードレスもお願いいたします。結婚後、すぐに必要ですものね」
母の申し出に、おまかせくださいと斎賀先生の力強いお返事があった。
「静夏ちゃん、あなたもドレスが必要ね。お仕立てを急がなくてはね」
「そうなの。来月もふたつパーティーがあるんですもの。
そちらはお着物でと思っていたけれど、ひとつはドレスにしたいわね。
知弘さんがこの前話していたあの生地、どうかしら」
「うん、いいね。ぜひそうしてほしいね」
静夏ちゃんの顔も真剣になっている。
私と同じく衣装の重要性を再認識したようだ。
男性二人の思惑とは異なり、女性には女性の立場と思惑がある。
特に結婚を控えた娘を持つ母親の忙しさは並大抵ではない。
娘の婚約がととのうと、時間をかけて結婚のための準備するものだが、私も静夏ちゃんも急な結婚だったため、近衛の義母も私の母も短期間の準備を必要に迫られた。
一時体調を崩した母だったが、私の結婚が正式に決まるとすぐに動き出した。
それに伴って体調も回復してきたのだから、慌しさも母にとっては思わぬ特効薬になっていた。
知弘さんと静夏ちゃんの話を聞き 「あなたも、急な場合はお着物になさい」 と母が言う。
着物はどのような場にもふさわしく、相手方に粗相がないというのが母の考えだった。
なくなった祖母の代から贔屓にしている呉服店があり、和服はほぼととのっていたが、私の結婚が決まったと知るや否や 「珠貴さまのためにお誂えいたしました」 と相当数の和服が届いた。
誂えたとはいえ私が選んでのではなく、呉服店の主が店の心得のある者に命じ、私のための着物が仕立てられるという特殊な慣わしだが、信用が物を言う世界であり、納められた品に間違いはなかった。
スーツで用が足りたこれまでと異なり、結婚後は衣装だけでも相当な数になりそうだ。
先ほどまで、多数のドレスを仕立てることに抵抗があったはずなのに、いまはそれが私の役目であると思うようになっていた。
私が身に着けることで注目されるなら、どこへでも着ていくつもりだ。
「クローゼットが足りなくなりそうよ」 と宗に冗談めいて言うと、
「部屋のリフォームが必要だね。わかった、手配しよう」
さっそく電話を取り出した。
電話を手にした宗に気がつき 「お仕事?」 と聞いたお義母さまへ
「彼女のクローゼットを増やそうと思うのですが」
そう言うと、それでしたら……とリフォーム業者を紹介してくださるのかと思っていたら……
「宗さんのお部屋、少し手狭ではありませんか。
これからお客さまをお招きすることも増えるでしょう。
リフォームもよろしいけれど、もっと広いお部屋になさったらいかが?
珠貴さんをお迎えして、ちょうど良い機会ですもの。そうなさった方がいいわ。ねっ」
おっとりと何気なくおっしゃったが、内容は容易ではない。
急な展開に戸惑う私へ 「それもそうだな……珠貴、どうだろう」 と彼が意見を求めてくる。
リフォームより広い部屋を……どうしてこうなったの?
ドレスの数が増えそうだから……
お客さまがいらっしゃるの?
そうよね、自宅にお招きすることもあるでしょうから……
さまざまな自問自答のあと 「そうね……」 とやっとの思いで返事をすると、「わかった」 と言った宗は電話先を変え、その場で新居の打ち合わせをはじめたのだった。
「さすが、行動が早いな」 と言いながら知弘さんは宗を頼もしく眺めている。
「動き出したわね。宗のスイッチが入ったみたい。もう止められないわ」 と静夏ちゃんも楽しそうだ。
私はというと、夫になったばかりの彼の動きについて行くのがやっと……
お義母さまのように、優雅に、それでいて、思いきり良く振舞うにはまだまだ経験がたりない。
近衛家に嫁いだのだと、このときあらためて思った。