ボレロ - 第三楽章 -


渋滞を見込んで早く家を出たのに、渋滞はなく早くついてしまったとまくし立

てる叔母の声が聞こえてきた。

堂本さんと目配せして、椅子に座りながら隣の気配に耳をすませた。



「急ぎの話とはなんですか。また、雑誌の情報でも入りましたか」


「あなたもせっかちね。お茶くらい飲ませてちょうだい。

まぁ、ありがとう。ふぅ……あなたが淹れてくれるお茶は美味しいわ。

浅見さん、大丈夫かしら?

あなたのことを調べようという記者がいるかもしれませんからね、

気をつけるんですよ」


「はい、ありがとうございます」


「知弘さん、あなたの方はどうなの?」


「何かありましたか?」


「何かじゃありませんよ。近衛グループから不当な要求でも

あったのではないかと、心配してるんですよ」


「そんなことありません。姉さん、記事を鵜呑みにしてやしませんか? 

ウチを狙ってるなんて、噂に踊らされては困りますね」


「噂に踊らされてるですって? 

あなたねぇ、どれほど大変なことが起ころうとしているのかわかっているの? 

手をこまねいていては手遅れになるのよ。

今朝、またお知らせくださったの。

あなたのそばで仕事をしていた人で、堂本さんという方がいたでしょう」


「えぇ、彼がどうかしましたか」



思わず堂本さんと顔を見合わせた。

可南子叔母の口ぶりは、新たな情報をしゃべりたくてうずうずしているようだ。 



「聞いてちょうだい驚くわよ。堂本さん、近衛グループに入社したんですって。

なんでも、副社長が彼を見つけて引き込んだそうよ。

ウチの会社の内情を探ろうとしているに違いないわ。

堂本さんはあなたの側近だった人じゃないの。 

SUDOの事情にも詳しいわ」


「だから?」


「まだわからないの? 彼を引き込んだということは、

もう疑いようがないでしょう! 

これでもあなた、まだのんきにしていられるの?」 


「思い過ごしですよ。こちらが近衛にいた浅見君を

ヘッドハンティングしたから、その腹いせじゃないですか」 


「呆れた……まだそんなこと言うなんて、自覚が足りない証拠ね

先生もおっしゃっていたわ。事は深刻な状況へと進んでいます、

早急な対策が必要です。 

専務にお知らせになられたほうがいいでしょうと、

朝からお電話くださったのよ。 

周りの方がこんなに心配してくださっているのに、なんですかあなたは」


先生とは誰なのか……

肝心な名前は出てこなかったが、可南子叔母が信頼している人物であるようだ。



「そんなに深刻な事態なら、社長に相談するべきではありませんか」


「ダメよ。社長のそばには紀代子さんがいるでしょう。

あの人は私を嫌っていますから、私の意見など聞いてくれませんよ」


「そうは言っても、すべての権限は社長にありますから、

私にはどうする事もできない」



可南子叔母を刺激することなく知弘さんはやんわりと否定したが、叔母の凝り

固まった考えを直すのは難しいようだ。

だから、先生がおっしゃったことをあなたから社長に進言して頂戴と、強引に

言い進めている。

「あの方の経歴は、誰もが認めるものですからね。ほら、あの会社は……」 

と、叔母の話は続いていた。


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