ボレロ - 第三楽章 -


久我家について私が知っているのは…… 

近衛の義母の実家であること、義母の弟の路信叔父が久我家の現当主であること。

久我グループは財閥系企業で、多数の会社が傘下にあり、ほかには……



「最近、外国籍の客船を購入した。客船の所有者は久我グループ系列の 『クーガクルーズ』 だ」


「知弘さん、詳しいのね」


「客船がいわくつきだったからね」


「どんないわくがあるの?」


「続きは……場所を移そう」



お式を終え、お客さまをお見送りしたふたりへ、あらためてお祝いを伝えるために歩み寄った。

が、それは口実にすぎず、いましがた持ち上がった話を知弘さんに聞いて欲しかった。

叔父であるが、兄のような存在の知弘さんを頼るのはこんなとき、知弘さんは私のキーワードから悩みを汲み取ってくれる。

今も 「久我のおじさまが所有なさっている客船をご存知?」 と尋ねると、珠貴は久我家のことをどれくらい知っているのかと逆に聞いてきた。



「このお部屋、プレミアムスィートですって。狩野さんに感謝だわ」


「宗一郎君のおかげだよ。今日の会場もこの部屋もね」



「はいはい、宗一郎お兄さま、ありがとう」 と、ここにはいない宗へ、冗談っぽく感謝を伝える顔は、まだまだ可愛らしいが、冬真君の声が聞こえると母親の顔になる。

ドレスから解放された静夏ちゃんは、さっそく冬真くんを抱き上げた。

頬ずりをし、額をあわせ、親子で体温を確かめ合う。

煌びやかなドレスを纏った姿も美しかったが、わが子を胸に抱く姿には神々しさがあった。



「お式、ステキだったわ」


「ありがとうございます。でも、結婚式がこんなに忙しいなんて思わなかったわ。 

珠貴さんと宗のお式は、もっと大掛かりでしょうから覚悟してくださいね」 


「その結婚式を、久我の客船でやろうって話なんだろう?」



静夏ちゃんが 私と知弘さんを見比べる。

彼女には船と結婚式が結びつかなかったのか、わからないと言った顔をしていた。



「知弘さん、よくわかったわね。私、なにも言ってないのに」


「あんなところで客船の話を持ち出したんだ。わかるよ」 
 


久我のおじさまと宗のやり取りがあり、お義母さまが披露宴の場として興味を持ったのだと話をした。
 
知弘さんは 「いわくつき」 と言い、久我のおじさまは 「難あり」 とおっしゃった。

それが何であるのかを知りたい。



「聞いた話では、世界中を旅して回るために作られた客船で、最新式の船らしい」


「豪華客船ね。どこか問題が?」


「船そのものに問題はないが、所有者が何度も変わっている。

まず、造船を依頼したオーナーが破産した。

次に船を買い取ったオーナーも、急に財政状態が傾き手放した。

それを引き継いだのが久我グループだ」


「だから?」


「だから? って、オーナーが次々と破産してるんだ、久我も危ないと噂になっている」



バカバカしい噂だわと静夏ちゃんはあきれている。

バカバカしいだろうが、噂に惑わされるのが人と言うものだよと、知弘さんが静夏ちゃんに言い聞かせた。



「でも、久我のおじさまは、それを承知で購入されたのでしょう? 噂なんて気になさっていないから」


「ご本人はそうだろうが、周囲の反対もあっただろう。なんといっても安くない買い物だからね。

船そのものは申し分ない、披露宴会場に客船を使うのも素晴らしい思いつきだが、珠貴は噂は気にならないのか?」


「私は特に……それに、披露宴は両親の意向に従うつもりだから」


「巷の噂も ”気にならない” と言うのならいいが、誰か一人でもためらいがあるのなら、やめた方がいい。

のちのち、あのときの船が悪かったと言われかねない」



「縁起でもないことを言わないで。宗と珠貴さんは結婚したばかりなのよ」



だから、それが世間なんだ、綺麗ごとではすまないと、また知弘さんが言い含めている。

静夏ちゃんはあからさまに顔をしかめ 「あなたって、世間体を気にする人だったのね」 と口を尖らせた。



「ごめんなさい、私が悪かったわ。おふたりの結婚式の日に、こんなことを言い出して……」


「違うのよ。私たちね、いつもこうなの。言いたい事は言い合うの」


「そうそう、そうでなきゃ結婚生活はうまくいかない。仲良く過ごすための秘訣だ」



知弘さんの言葉を聞き、静夏ちゃんの機嫌は直っている。

私が心配することはなかったようだ。

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