ボレロ - 第三楽章 -
ノックの音がして宗が顔を見せた。
「珠貴、これから 『クーガクルーズ』 の代表が来る。一緒に話を聞くように言われた」
「もうそんなお話になったの?」
「とにかくきてくれ」
そういうことなので……と知弘さんと静夏ちゃんに別れを告げ、私は宗とともに部屋を出た。
披露宴終了後、両家の両親は別室に席を移し、そのまま話し合いに入っていた。
久我のおじさまもご一緒だ。
「静夏ちゃんのお式のあとですもの、お義母さまもお疲れでしょう」
「お疲れどころか張り切ってるよ。話は早い方がいいと言い出したのはお袋だ。
須藤のお義父さんやお義母さんこそ、ウチの親に振り回されて迷惑だろう」
私の両親を 「父、母」 と呼ぶ宗の声を聞くだけで嬉しくなる。
紗妃が宗を 「おにいさま」 と呼んだ声とは、また別な感慨があった。
話し合いはどうなっているのだろうか。
両家の両親が、このようなことで意見が割れてしまったら、また気まずくなってしまう。
一抹の不安を抱えながら宗について部屋に入った。
「ですから、どれほどで準備できるのか聞いているんです」
「そういわれても簡単に返事はできませんよ。
これから業者の選定を始めて、作業に入って……最低でも三ヶ月は」
「そんなに待てません。一ヶ月ではいかが?」
「姉さん、無茶だ」
「無理だとわかってお願いしているの」
「うーん……二ヶ月」
「いいえ、一ヶ月でお願い」
近衛のお義母さまと久我のおじさまが、テーブルを挟んで意見を述べているけれど……
どうみてもお義母さまに押され気味、おじさまの顔は苦渋に満ちている。
「業者が決まっていないのなら、任せてもらえれば協力するよ」
「義兄さん、それはありがたいが、工事期間はさして変わらないでしょう」
「内装インテリアに関しては、私のほうでも力になれるでしょう。一気に取り掛かれば工期も短くなるのでは」
そう言い出したのは父だった。
話の流れを見る限り、客船で披露宴を行うことは決定事項のようで、誰も反対していない。
世間体を気にしていわくつきの客船など反対だ、と父が言い出すのではないかと思っていたが、むしろ積極的に話に参加している。
母も一歩控えながらも、気持ちは前向きだった。
「立ち入ったことを伺いますが、客船として作られたのに改装なさるとは、そのままでは何か不都合でも」
「いえ、不都合はなく……」
「まぁ、そうなの? ではなぜ、わざわざ手を入れるんです。路信さんの好みの船に改装なさるおつもり?」
「そうじゃない。ジンクスというか、縁起を担ぐというか、ほら、いろいろあった船ですから。
披露宴に使ってもらうのは嬉しいが、ケチがついたままでは申し訳ない」
「そんなことはありません」
両家の両親が一斉に声をあげたものだから、久我のおじさまは勢いに圧倒されている。
「なんだ、そんなことを気にしてくれていたのか。路信君、船はそのままでいい。
噂なんてのは、そのうち消えるものだ。
披露宴に多くの方をお招きして、船の素晴らしさをみなさんに見ていただこう」
「そうですよ。では先ほど申し上げたように、来月でよろしいわね。改装は披露宴のあとにしてちょうだい」
これではまるで、おじさまよりお義母さまの方が船のオーナーのようだ。
「お袋の勝ちだな」 と隣りで宗が肩を震わせて笑っている。
お義母さまの勢いに、ついにおじさまは根負けしたようだ。
「わかりました、引き受けましょう」 と言ってくださった。