ボレロ - 第三楽章 -
「だけど、どうしてその日なんです。一ヵ月後に披露宴とは急な話だ。招待客にも予定があるでしょう」
「お式をあまり先に延ばしたくないの。それに、こちらの都合がつくのはその日だけなの。
まずは私たちが出席できなければ意味がないでしょう?
もしお客さまに先約があったとしても、こちらを優先してくださるかもしれないでしょう」
お義母さまの話を聞き、宗が私の耳にささやいた。
「お袋の言ってることは確かだが、聞きようによってはすごい内容だね。
近衛家・須藤家と自分の用事を天秤にかけさせるってことだ。招待状をもらった客の判断が問われるよ。
強気だね」
と……本当にその通りかもしれない
近衛のお義父さまも私の両親も、お義母さまの意見に異を唱えないのだから。内心同じ思いなのだろう。
両家のプライドの高さが見え隠れしている。
「珠貴さんも意見をおっしゃってね、あなた方の披露宴ですもの。宗さんも言っていいのよ」
「宗さんもって、俺はしょせん添えものだな」 とまた宗が耳元にささやいた。
思わず笑いそうになり、なんとか笑いを収め、頭に浮かんだことを発言した。
「客船でしたら宿泊もできますね。遠方からのお客さまもいらっしゃるのではないでしょうか。
もし、船で宿泊が可能なら、みなさんに喜んでいただけるのではないかと思いまして」
「それはいい。宿泊だけでなく控え室として使ってもらおう。せっかく大勢の方を招待するんだ。
船の内部も見ていただきたいね。
客室も使ってもらって、みなさんに宣伝していただく。うん、これはいい!」
私の意見に賛成してくださったのは、久我のおじさまだった。
見た目を変えるのもいいが、サービスを充実させて客船のイメージをアップさせた方が効果的かもしれない。
噂の払拭にもなると乗り気のご様子だ。
そこへ 『クーガクルーズ』 の代表者が到着し、船内の詳しい説明が始まった。
新造船であるため、それこそ手を入れる必要はないが、日本人のための客船としては内装が少しばかり派手ではないか。
せめてカーテンと絨毯をなんとかしたい……と言うのがおじさまの意見で、
「私どもでカーテンと絨毯を手配いたしましょう。なに、一ヶ月もあればすべてそろいますよ」
「それはありがたい。お願いできますか」
父の申し出を、久我のおじさまはたいそう喜んでくださった。
こうして客船の披露宴は本決まりとなった。
シャンパングラスの泡がチリチリと音を立てる。
グラスを軽く合わせ口に運んだ。
「俺たち、呼ばれただけで出番はなかったな。オブザーバーだったのかな」
「そういえば、宗はひと言も話さなかったわね」
「最後だけ、宗一郎これでいいなと親父に聞かれて ”はい” と言っただけだ。
親の言うとおりに従うと決めてたから、文句はないが、お袋のパワーには恐れ入るよ」
「穏やかなお顔のまま、よろしいわねとおっしゃるんですもの。さきほどのおじさまのお顔、ふふっ……」
「小さい頃から、姉と弟の力関係は変わっていないそうだ。おじさんもお袋の前では形無しだ」
狩野さんのご好意で、今夜は私たちにもスイートルームが用意されていた。
「今日は断るなよと狩野に脅迫された」 と宗が笑っている。
お祝いだからと用意してくださったシャンパンは、アルコールが苦手な宗のために、口当たりの良いものが選ばれていた。
「客船で披露宴なんて、想像もつかないわ」
「クラブハウスでやるよりいいよ。中規模ホールで何回も披露宴なんて、考えただけでも憂鬱だった。
渡りに船ってのは、まさにこれだね」
「海からの景色も素晴らしいでしょうね」
「うん……」
一ヵ月後に決まった披露宴、準備のため、これまで以上の忙しさになるのだろう。
少し酔ったと言いながら、宗は私の膝に頭を預けてきた。
「珠貴のドレス、楽しみにしているよ」 とそれだけ言うと目を閉じた。
胸の奥で幸せの音が弾けた。