ボレロ - 第三楽章 -


そのように噂で賑やかな船にもかかわらず、両家の両親は客船の披露宴を決めた。

特に母親ふたりは、先日の船内見学で披露宴の中心となるエントランスの素晴らしさに感激し、いたく気に入った様子だった。

ホテル並みかそれ以上の会場が見つかったと喜び、船のジンクスなどまったく意に介していないようだと、珠貴から聞いていた。

また、船内レストランの座席数から招待客の人数をはじき出し、披露宴の規模はこれくらいですねと、プランナーさながらの働きぶりをみせ 『久遠』 の乗務員に結婚式の経験がないとの説明には 「では外部にお願いしましょう」 と母親たちの即決で、相談は狩野のもとへもたらされた。

ホテルの副支配人として多忙な狩野が、今日この場に参加しているのは半分は仕事がらみでもある。



「近衛社長も近衛のお袋さんも、ジンクスなど気にしなかったらしいな。

須藤社長夫妻も乗り気だった。そろいもそろって楽観的じゃないか」


「楽観的というより現実的なんだよ。

披露宴会場にふさわしい広さと格式を供えた会場が見つかったと、手放しで喜んでいる。

ジンクスなど気にしちゃいない、価値観が似た親たちだったってことだ。

だが、狩野が気になるのなら、この話は断ってくれてもいいんだぞ」


「おいおい、ここでそれを言うか。もう引き受けたんだ、あとに引けるか」


「さすが狩野先輩。で、榊ホテルが全面的に協力ですか?」


「船のスタッフがどこまで披露宴に対応できるのか、それ次第だな」



狩野の言葉に安曇船長が少しばかり困った顔をした。

万全ですと言えないところが苦しいのですがと前置きして、現在の乗務員の状況を語ってくれた。

『クーガクルーズ』 が所有する 『初音』 の引退に伴い、乗務員がのぞめば後継船の 

『久遠』 へ勤務できることになっている。

だが、噂を知り、シフトに二の足を踏むスタッフも少ないないそうで、どこまで乗務員が確保できるのか、確信がもてないと船長の声は辛そうだった。



「『久遠』 への移行を積極的に希望している乗務員だけでは、航行は難しいのが現状です。

しかし、船そのものにはなんの問題もありません。

近衛さんの結婚式で福を呼び寄せ、船を幸せに導いてほしい、そう願っております」


「お役に立てれば良いのですが……」



期待していますと真面目な顔が向けられ、では、みなさんごゆっくり……と安曇船長は立ち去った。

船長には控えめな言葉を返したが、双方の父親がそろって決めたことでもあり、私自身はさほどの心配は持っていない。

父親の立場だけでなく、経営者として勝算があると見込んだ上での決断だと思ったからだ。



「結婚式だけならウチのスタッフが出張すればすむが、クルーズは無理だ。 

陸につながれたままの船で結婚式ってのも面白味がないが、いまの状態では仕方ないだろう」


「でも、せっかくの船上結婚式ですよ。クルージングがないとは」



櫻井君の口調は、船だから航行しなければ意味がないといっている。

そうですよと平岡も同調し、沢渡さんも動かない船には不満らしい。



「船長も言っていたように、男ってのは動く物に興味がありますからね。 

鉄道マニアしかり、車のレースもそうだ。

この船もぜひ動かして欲しいな。夜間クルーズもいいねぇ、海から見る夜景は最高だよ」



沢渡さんは 「夕方からの結婚式にしませんか」 と自分の希望を述べ熱心に勧めてくる。

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