ボレロ - 第三楽章 -


「親たちはそのつもりですよ。披露宴へ急な招待ですから、相手方の都合もあるだろう。 

昼より夜のほうが、出席してもらえるのではないかと考えたようです」


「昼間は公的な用事があるだろうが、夜なら予定も動かしやすい。 

もっとも近衛君の結婚式だ、みなさん出席でしょう」

  
「霧島先輩、それはどうでしょう。

近衛家に不義理はしたくないが、いわくつきの船で行われる披露宴に行くのは気が進まない。

さぁ、どうしたものかってね」


「平岡、言いにくいことを言ってくれるじゃないか」


「ははっ、事実を言ったまでです。 

近衛家と須藤家の披露宴が 『客船 久遠』 で行われるらしいというのは、かなり知れ渡っていますからね。

僕のところにも問い合わせがくるんですよ」



平岡が言ったことは本当だった。

実際私に直接聞いてくる人もあり 「やめた方がいい、近衛も巻き込まれたらどうするんだ」 と、親切心で忠告してくれる人もいる。

巻き込まれると言葉は間接的だが、要は破産するかもしれない、久我と関わるなということだ。



「噂を払拭するだけの要素があればいいんだ。

ジンクスを打ち破るほどのイメージを作り出せばいい。

噂を打ち消すくらい、情報操作でなんとでもなる」


「潤一郎が言うと簡単にできそうな気がするな」


「僕だけじゃない、親父も考えているはずだ。

宗もみんなも、何とかしたいと思ってたんじゃないのか? 

アインシュタイン倶楽部のメンバーは、こういうの好きだろう」


「潤一郎、その話いいね。で、具体的にどうするんだ?」



いつから話を聞いていたのだろうか、久我の叔父が潤一郎の話に興味津々と言った顔で突然姿を見せた。

聞かれた潤一郎は 「それはこれから考えるとして……」 と言葉を濁したが、このメンバーが倶楽部を結成していることが叔父に知られたようだ。

「楽しそうな倶楽部だな」 と問いかけた叔父の顔はほくそえみ、その顔へうっかり倶楽部の名を口にしてしまった。

潤一郎は眉間に手をおき、自分の失態に顔を歪ませている。

潤一郎のこんな姿は滅多に見られない。 



「話の続きを聞かせてもらいたいね。

その倶楽部に、今夜だけ特別会員として参加させてくれないか」


「どうぞ、どうぞ、大歓迎ですよ」



狩野が機転を利かせて即答した。

無論みんなに反対意見はない。

こうして今夜の 『アインシュタイン倶楽部』 の会に、久我の叔父を特別会員として迎えることになったのだった。







「綺麗な船だったでしょう。船室も素晴らしかったわ」


「うん、広くて驚いた。船旅もいいね、ゆっくりすごせそうだ」


「いつか行きたいわね」


「行きたいね。だが、いつになるんだろう。船の旅は時間がかかる、リタイア後になるか」


「そう考えると行けそうにないわね。私たちにリタイアなんてないでしょう」


「もっともだな。長期間はムリとして短期間のクルーズもあるそうだ。 

一週間以内ならなんとかなるんじゃないか?」


「でも、せっかく行くのなら……」


「世界一周?」


「せめて半周……それも夢でしょうね」


「夢を持つのはいいことだ。夢はいつか叶うそうだから」


「そうなるといいわね。結婚式を挙げた船で旅行ができたら、ステキだと思わない?」


「思うよ」


「いつか叶えてね」



そうだねと珠貴に返事をしながら、ふたりで船旅に出かけるのは楽しいだろうと想像した。

夢を叶えるためにも 『久遠』 の噂を払拭しなくてはならない。

友人たちと話し合った結果、期待が持てそうな案が出された。

潤一郎も言っていたが、おそらく父親たちも何がしかの働きかけをしているはずだ。

披露宴の準備は、母親たちと珠貴に任せておけばいい。 

まずは明日、須藤家のご意見番である岩倉の大叔父に会うことになっている。

披露宴まであと一ヶ月、どこまで噂を消し去ることができるだろうか。

広まってしまった噂や人の思い込みを覆すことは容易ではないと思われたが、心理操作は難しいことではないと潤一郎は言い切った。

準備さえ怠らなければ、必ず思うようにいくと言う。



「どうしたの?」


「うん? あぁ、招待者は決まったのかと思って……」


「ほぼ決まったみたい」



そうか……とだけ言い、珠貴の腰を引き寄せ、頬に触れ 「おやすみ」 と告げ目を閉じた。

岩倉の大叔父へなんと話そうかと考えるうちに、私は眠りへと誘われていった。

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