ボレロ - 第三楽章 -
「披露宴の打ち合わせか……ご苦労だな。
俺の経験を言わせてもらえば、男が口を挟む必要はない。
すべて両家の母親任せることだ、それが上手くいく秘訣だね。
おまえは決められた事にしたがって、当日は黙って席に座っていればいい。
新郎ってのはそういうものだ、難しく考えるな。
気楽にいけ、しょせん男は添えものだ」
ホテルの修行でブライダル部門にいた頃、いろんな場面を経験したが、男親や新郎がとやかく口を挟んだカップルほど、上手くいかなかったものだと……
披露宴の打ち合わせに向かう前、憂鬱そうな顔の私に狩野が言ってくれた。
なるほど、披露宴の打ち合わせに男の出る幕はない、両家の母親と珠貴に任せておけばいい。
……言われたように簡単に考えていたのだが……
「どこが気楽だよ! とっかえひっかえ着せられて、俺が何回着替えたと思う。
いい加減にして欲しいともいえず、拷問さながらの時間を過ごしたんだぞ」
「まぁ、まぁ、そう言うな。近衛の場合は特別だ、仕方ないだろう」
「仕方ないってなんだよ、おまえが言ったんだぞ、女たちに任せておけばいいってな。
俺は特別だ? どうして先にそれを言わない!」
「いやぁ、俺もうっかりしてた。ホテルの披露宴のつもりで話をしたんだよ」
「うっかりだと? おまえプロだろうが!」
「それを言われると返す言葉もないが……」
返す言葉もないと言いながら、狩野はそれほど悪びれたようでもなく、私だけがカッカとなっている。
興奮気味の私をなだめるように、ゆっくりと話しかけてきた。
「今回は何もかもが例外なんだよ。
客船にはブライダル部門はないから、衣装はすべて外注だ。
珠貴さんのドレスはすべて仕立てられたものだろう?
近衛の衣装も各々に合わせる必要がある、それもかなりの数だ。だから……」
「そうだよ、珠貴のドレスに合わせて俺も着せ替え人形だ。
男の服なんて一着でいいじゃないか、どうして着替える必要がある。
テイルコートだけかと思ったら、その次がタキシードだ。
丈が長いものや短いもの、ラインがどうのこうのと、とにかく注文が細かい。
俺の服の丈が短かろうが長かろうが、誰も見ちゃいないのに」
ほぉ、テイルコートを着るのか、いまはタキシードが主流だが、さすが近衛家、正式だなと、狩野はそんなところに感心した。
「滅多にない機会だ、新郎も着替えて楽しむことだな」
「冗談じゃない! 着替えなど楽しめるか。なんなら、珠貴一人だけ立たせとけばいい。
どうせ俺は添えものだ」
「ひがむなよ、添えものなんて言って俺が悪かった。
ふたりの披露宴なのに、珠貴さん一人を立たせておくわけにはいかないだろう。
なぁ、天音 (あまね) もそう思うよな?」
膝に抱かれた狩野の幼い娘が 「はーい」 と無邪気に手を上げる。
一歳何ヶ月かの子に質問の意味などわかるはずもなく、父親に聞かれ反射的に返事をしただけだろうが、それでも狩野には嬉しいことのようで、娘の反応に目を細めている。
今日は、珠貴とともに狩野の自宅に招かれていた。
友人夫婦の招待を、珠貴はことのほか喜んだ。
結婚して夫婦で交流できるのが嬉しかったようだ。
佐保さんは 「お客さまですから、珠貴さんは座っててくださいね」 と言ってくれたが、珠貴は手伝いたいと申し出て、いまふたりはキッチンにいる。
一方こちらは、食事の準備ができるまで狩野の書斎でくつろぐはずが、私は小言を並べ、狩野は子守をしながら愚痴を聞かされていた。