ボレロ - 第三楽章 -


いまひとつわからない先生の正体を考えていると、隣りにいる堂本さんから

携帯画面が差し出された。


『先生とは、企業アナリストの有馬氏ではないかと思われます』


メール画面に打ち込んだ文字を見せられ、あっ、と小さく声が出て息をのみ、

あわてて手で口を覆い声が漏れるのをふさいだ。 

私も携帯を取り出し、返事を打ち込み彼に見せた。


『有馬先生は可南子叔母が絶対的な信頼を寄せている方です。

有馬先生が週刊誌の情報を?』


『おそらくそうでしょう。彼らの情報網は侮れません。

週刊誌の記事を事前に入手するなど難しくないはずです』


互いの画面を見ながら静かに頷きあった。

隣の部屋では、可南子叔母の新たな独演場が始まっていた。



「でも、知弘さんが浅見さんを見つけて連れてきてくださったのは、

大手柄だったわね。

こんなに優秀な方を手放すなんて、近衛グループもたいしたことはないわね。 

浅見さんがこちら側に来てくださったんですもの、吸収だの合併だなんて

絶対にさせませんよ。 

浅見さん、須藤のためにお力を貸してくださいね」


「はい、精一杯努めます」


「知弘さん、あなたがいつまでもお一人だからいけないんですよ。

そろそろ真剣に考えていただかなくてはね。

あなたには、しっかりした女性が向いていると思うの。

公私共に支えてもらうのが理想的よ。これからお兄さまの跡を継いで、

活躍してもらわなくてはならないのですからね」


「私は珠貴へつなぐ役目を果たすだけです。

活躍など、そんな大それたことは考えていません」


「その珠貴ですけど、あんな記事になるなんて須藤の家の恥ですよ。

紀代子さんが甘やかしすぎなんです。

今まで私がどれほど縁談を勧めたことか。

それなのにことごとく流れているのよ。あの子には無理ね。 

だからこそ知弘さん、あなたに期待してるんじゃないの。

しっかりした方をお迎えしてちょうだい。

あなたのそばに、もういらっしゃるじゃないの」


「はぁ?」


「そこまで私に言わせるの? 浅見さんですよ。この方なら申し分ないわ」


「あの、奥さま、私は……」


「浅見さん、これは真面目なお話なの。真剣に考えていただけないかしら」


「姉さん!」



話は大幅にそれ、とんでもない方へと向かっていた。

可南子叔母が社長へ不信感があるのは、前回の事件を引きずっているからかも

しれないが、何かと意見の食い違う母に対して、こうまで嫌悪をあらわにする

とは……

そして、私の悪口が飛び出したかと思ったら、今度は知弘さんに浅見さんは

どうかと勧めている。

どこまで人を馬鹿にしているのだろう。 

ドアを開けて、叔母の前に飛び出したい気分だった。

怒りを目にみなぎらせた私の前に、また携帯画面が差し出された。


『香取相談役夫人の背後で誰かが動いています。調べてみます』


『叔母は操られているの?』


『操られているというより、可南子さまの立場を利用しているのでしょう。 

SUDOの情報を得るための入手先が、香取可南子さまであると考えられます

それから、いま飛び出していっても何の解決にもなりません』


最後の一文はなんとも嫌味な文面だったが、彼の言うとおりだ。

携帯画面のやり取りは言葉をかわすよりずっとスムーズで、堂本さんとの

距離が近づいた気がした。


散々言いたいことを並べ、一方的にしゃべっていた叔母だったが 

「会議の時間が近づいておりますが……」 の浅見さんの控えめな声を聞くと 

「あら、ごめんなさいね。では、失礼」 と帰っていった。


息を詰めて外の様子を伺っていたが、叔母が立ち去ったと判断し、目の前の

ドアを慎重にあけた。
 
そこには、知弘さんが見たこともないような不機嫌な顔で立っていた。


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