ボレロ - 第三楽章 -
一連の週刊誌騒動から三週間がすぎていた。
秋の気配は一段と色濃くなり 「君の服に秋を感じるよ」 と宗が言ってくれ
た薄手のニットも、肌寒いと感じる気候になっている。
宗と会えない日が続いていた。
週刊誌騒動が起こる前は、出先で偶然顔を合わせることも少なくなかった。
パーティーや祝賀会といった席に、父親の代理として顔を出す機会の多い私た
ちは、会場内で会えば難なく話もできた。
話すタイミングをもてなくて、 遠くから顔を確認するくらいはできたのに……
それがどうだろう、この三週間どこに行っても宗の姿を見ることはなく、ニア
ミスさえない。
同じ会場にいながら、それでもすれ違わないとは、何か意図的なものを感じず
にはいられない。
携帯で 「いまここにいる」 と所在を知らせてもらっても、私がたどり着い
た時には、すでに宗の姿は消えている。
その反対もしかりで、私が宗へと連絡した場所に彼がやってくることはな
かった。
宗に会う機会はいくらでもあると思っていた、実際今までがそうだったのだ
から……
ところが、ある日を境に会えなくなったのだ。
これが不自然でなくてなんだろう。
見えない力に阻まれているとしか考えられない。
宗の出張後の休日と私の予定を調整し、やっとの思いで確保した二人一緒の休
暇も先週末に過ぎ去った。
その貴重な休日に、宗と二人で一泊の旅を計画していた。
彼の会社の不動産部門が手がけた新しいスタイルの日本旅館が完成し、一般
公開を前に関係者やビップだけが宿泊できる期間が設けられており、そこへ
案内してくれることになっていたのだ。
「ご家族で利用される方が多いのでしょう? そんなところに行っても大丈夫
なの?」 と心配する私に、
「家族で楽しむ宿とは一線を画した、新しい形の旅館だよ。
企画書を見せてもらったが、興味深い設計だった」
「興味深い設計って、まさか、恋人が行くような奇抜なお部屋とか……」
「珠貴をそんなところに連れて行くと思ってるのか?
どうしても行きたいのなら連れて行くよ」
嫌な人ね……そういった私の頬を、ツンとつついて、もっと大人の場所だと言
いながら宗の口の端があがった。
「そうだな、大人のための空間を意識して造られた部屋とでもいうのかな。
外観は日本旅館だが、内部の部屋はメゾネット形式になっている。
もちろん正面玄関からも出入りできるが、秘密の玄関が設けられているのが
特徴だと、設計担当者が自慢していた」
「秘密のお玄関があるの? どんな時に使うのかしら」
「それは客の都合だろう。真夜中につく連れのためとか、早朝に立つときとか、
極秘の旅にしたい客にも利用されるはずだ」
俺たちのように……と宗の目がいたずらっぽく笑った。
旅館の顧客管理は万全で、宿泊客のプライバシーは完全に守られる、安心して
泊まれるはずだ。
もちろん、その日誰が宿泊しているのか、他の客にも知られることのない配慮
もされるらしいと、楽しそうに旅のプランを話してくれたのに……