ボレロ - 第三楽章 -
昼食会の終わりは近衛の義父が締めくくり、最後に驚くべき発表があった。
「……そして みなさまにお知らせがございます。
本日 『客船 久遠 クルーズクラブ』 の発足を発表いたします」
ホールはざわめき、宗のいるテーブルも、みなさん顔を見合わせている。
お義父さまの発表の内容は、聞かされていなかったようだ。
披露宴に出席してくださった方々を中心に 『クーガクルーズ』 の株主を募り、株主となれば 『久遠クルーズクラブ』 の会員となるというものだった。
会員は 『クーガクルーズ』 が企画するクルーズに優先的に申し込めるだけでなく、15%オフの費用で参加できること、会員権は二等親に限り譲渡できるなど、ほかにも株主優待の特典が得られる素晴らしいものだった。
「おかげさまで、すでに多くの方の参加をいただいております」
お義父さまの言葉にハッと気がつき宗を見ると、彼も私を見ていた。
岩倉の大叔父さまや丸田のおじさま、近衛の大叔母さまがおっしゃっていたのは、このことだったのだ。
「みなさま、ありがとうございました」
義父の声とともに会場は拍手に包まれ、「私も参加させてもらいます」 との声が方々からあがった。
すでに何人もの人がメインテーブルへと近づき 「申し込みを」 と勇んでいる。
久我の叔父さまは、申し込み者の対応に追われていた。
「親父たち、こんなことを考えていたんだな」
駆け寄ってきた宗の声は興奮気味だった。
「えぇ……どうして私たちに教えてくれなかったのかしら」
「うーん、どうしてだろう」
「親心だよ」
いつの間にそばにきたのか、知弘さんが立っていた。
「君たちが披露宴をおこなったおかげで、客船の噂はずいぶん好転したが、それでも完全に払拭されたわけではない。
今後、ふたたびよくない噂に悩まされないために、二重三重に手を打ったんだよ」
「クルーズ倶楽部の発足は、そのための戦略ですか」
「あぁ、そうだね。株主を多く募ることで、もしもの場合は損害を低く抑えられる。
披露宴の招待者に限り、株主優待の値引き幅を大きくしたことで親近感を持たせる。
自尊心がくすぐられたうえに、客船の宣伝効果もある。
船の評価は、間違いなくプラスに転じるよ。
君たち息子に声をかけなかったのは、それでも生じる可能性があるかもしれないリスクを、負わせたくなかったから……
僕も株主にと手を挙げたが、兄さんに反対された」
僕は君たちの叔父だが、近衛の娘婿でもあるからね、複雑な立場になったものだと苦笑いしている。
「近衛のお義父さんに心配をかけるなと言われたら、無理にとはいえなくてね……
親ってのはありがたいね。うん? そう思うだろう」
「思います……」 と二人で同時に返事をしたが、宗も私も声が震えていた。
母港に戻った客船は、大勢の人々に迎えられた。
マスコミの取材も多く、客船の話題がニュースで流れた頃、私たちは双方の両親の前にいた。
あらためて感謝を述べ、これから二人で歩いていきますと素直な気持ちを伝えた。
私たちの言葉を聞いた両親は、この上もなく優しい顔をみせてくれた。
新婚旅行まで、あと10日となった夜のことだった。