ボレロ - 第三楽章 -


ぽっかりとあいた休日は、一日部屋で過ごす退屈極まりないものとなり、夜に

は母の愚痴に付き合わされるはめになった。

宗と森のレストランに出かけた日、母に私たちの交際を伝えた。

三年ほどの交際になると告白した私に、そんなに長いお付き合いだったの……

と、母は深いため息をついた。

真っ向から反対されるのではないかと覚悟していたが、意外にも冷静に受け

入れ、「でもね、賛成したのではありませんよ。私はおとうさまのお考えに従

うつもりですから」 そう考えを述べ、認めたわけではないとしっかりと言い

渡された。

それでも母に話したことで、私の気持ちは軽くなっていた。


ところが、週刊誌の騒動が起こってから母の態度が硬化していた。

父の意向を聞いてからと言っていたのに 「近衛さんとのご縁はあきらめな

さい」 とことあるごとに、言葉にするようになっていた。

それもこれも、可南子叔母さまのもたらした ”情報” が発端だった。



「可南子さんが気になさるのも無理はないわ。

去年に続いて、あなたに関係した記事がでたのですから、

会社の評価や世間的な評判が、何より気になる方ですからね」
 

「そうだとしても、叔母さまのおっしゃりようは許せないわ。 

私の素行が良くないのは、おかあさまが甘やかしたからだとおっしゃったのよ。

甘やかされたですって、冗談じゃないわ。

厳しくしつけられた記憶はありますけどね。

可南子叔母さまはどうなの。ご自分の教育は成功したとでも思ってるのかしら。

こういってはなんですけど、孝実さんもみかちゃんも、

自分の意思などないでしょう? 叔母さまの言いなりよ」



香取家のおとなしい兄妹を思い出した。

私の従兄弟になる彼らは、小さい頃から母親の言葉に敏感で、いわゆる聞き分

けの良い、いい子たちだった。
 


「それでいいと可南子さんは思っていらっしゃるの。

親が決めた道を進んでくれるのがなにより、 

それが子どものしつけに成功した事になるんですって。

だから我が家を敵視なさるのでしょう。

あなたは進学だって自分の意思で学校を選んだわ。 

それは私たちも賛成したことですからいいのよ。

でもね、可南子さんの基準では考えられないことらしいの。

だから私たちの躾うんぬんの評価になるんです。

私だっていい気持ちはしないのよ。ずっと言われ続けているんですから。

それにね……」



加南子叔母への不平不満が遠慮がちに、少しずつ少しずつ吐き出されていた

が、言葉を重ねるうちに加速して止め処もない愚痴になっていた。

よほど溜め込んでいたのだろう、母が親族の不満を露に漏らすのを初めて聞

いた。

こうなると言い返す気力もなくなり、私は聞き役に徹することにした。


ここまで母の気持ちが揺れてしまっては、宗との結婚はおろか交際さえも断固

反対と言い出しかねない。

せっかく彼が良い方向へと風向きを変えたのに、それも無駄に終わってしまう

のだろうか。

明るくなりかけた未来に、また暗雲が立ち込める思いがした。
 


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