ボレロ - 第三楽章 -
退屈で散々な一日の救いは、宗からプレゼントが届いたことだった。
平岡さんと蒔絵さん経由で届いた箱には、私の趣味であるアンティークミニ
チュア家具の 『バルコニーセット』 が収められていた。
先だって贈られた 『バスルームコレクション』 と同じく入手困難な一品で、
私から欲しいと言った記憶がないので、また紗妃に聞いたのかもしれない。
「入ってもいい?」
「どうぞ」
部屋に入るなり、紗妃は目ざとくミニチュアを見つけ、まるで自分の手柄のよ
うに喜んでいる。
「わぁ、届いたのね! 良かった」
「やっぱりあなただったのね」
「ふふん、感謝して。でね、ミニチュアのことをお伝えしたら、
わたしもプレゼントを頂いちゃった」
「宗一郎さん、あなたには甘いのね。機嫌なんてとらなくていいのに」
「そんなんじゃないの。近衛さんのプレゼントって、とってもステキなのよ。
もらって嬉しいものばかり。ご機嫌取りなんていわれるのイヤだなぁ……
岡部さんは、そうだったかもしれないけど……」
妹の口からかつて交際のあった男性の名前が聞こえてきて、私は狼狽した。
歳の離れた妹が、彼の名を覚えていたことも驚きだった。
「紗妃ちゃん、真一さんを覚えてるの?」
「覚えてるわよ。私はまだ小学生で、珠貴ちゃんと岡部さんと三人で
出かけたこと、何度もあったでしょう」
「えぇ、そうだったわね」
「岡部さんにいろんなものを買ってもらったな。
お菓子とか、おもちゃとか、可愛いグッズとか……
でもね、これは、わたしが珠貴ちゃんの妹だから買ってくれるんだと思ってた。
わたしが岡部さんを気に入るように、プレゼントしてるんだって。
なんていうのかなぁ、真心がないのよね。下心があるプレゼント。
その頃はなんとなくしかわからなかったけど、この歳になって、
あぁ、そうだったのかって思ったの」
「この歳になってって……」
「だって、そう思ったんだもん」
大学で知り合った岡部真一と交際を続け、両親にも紹介して、いずれは彼と一
緒に将来を歩くのだと疑わなかったあの頃、まだ小さかった紗妃が、こんなこと
を思っていたとは、正直なところ妹の観察力には驚くばかりだった。
「でもね、近衛さんは違うの。珠貴ちゃんの妹だとか、そんなの関係ないの。
うぅん、関係なくはないけど、珠貴ちゃんの妹としてじゃない、
私をちゃんと見てくれてるってわかるの。
プレゼントも、私のために選んで贈ってくれてるんだなぁって、
近衛さんの心を感じるの。だから、お兄さまになるのは近衛さんがいいなぁ。
珠貴ちゃん、お願い、私のためにも頑張って!」
「紗妃ちゃんったら……頑張るつもりだけど、いまは気力が足りないみたい」
また近衛さんにミニチュアをリクエストしておくから、元気を出してねと言
われ、要領のいい妹の気遣いに苦笑いしながらも気持ちが和んできた。
元気が出てきたわと笑顔を見せると 「うん、よかった」 と言いながら紗妃
が複雑な顔をした。