ボレロ - 第三楽章 -


近くにきたら連絡してくれと言われていたため 車を停止させ宗へ電話をかけた



『もうすぐつくわ』


『予定通りだね 入り口はわかる?』


『えぇ 道になりに行けばわかるはずよ』


『駐車場についたら 表玄関ではなく裏庭へ回って』


『宗は庭で待ってるの?』


『いや あとは着いてからだ とにかくそのまま進んで また電話して』



私は出発した時刻を宗に告げてはいない

「予定通りだね」 とは 私が着く時間がわかっていたような言葉だった

そして玄関ではなく裏に回って欲しいとは そこに何があるのだろうか

ここまできても まだ不可解なことばかり 

謎の多い行き先に また緊張が増した


言われたとおり進むと 『レ・ジュール』 と文字が浮かび上がる照明が見えてきた

駐車場に入り車を止め ふたたび宗に電話をした



『駐車場に着いたわ』


『建物に向かって左奥に入り口が見えるはずだ わかる?』


『えぇ……』


『そこへ行くと小さなボックスがある 中に入って音声に従って操作して』


『裏庭の小さなボックス? 秘密の入り口みたいね』


『その通りだよ 番号を入力すれば俺のいる部屋に直接来ることが出来る 番号は……』



あわててメモをして番号を控えた

秘密の入り口ですって?

何のためにそんな手の込んだことをするのかしら

まさか 地下へ通じる通路があるんじゃないでしょうね

誰もいない真夜中の駐車場を抜け 宗の言葉に従って裏庭の入り口のボックスに入った

言われた番号を入力すると 目の前の通路の門のひとつが静かに開いた

門はいくつかあり それぞれどこかにつながっているのだろう

私は開かれた門をくぐり 庭園の中の迷路のような道を歩き出した

足元の灯りのおかげで不安はなく 落ち着いた照明に浮かび上がる庭園の美しさを愛でる余裕さえある

遅咲きのクリスマスローズがひっそりと花を咲かせている一角を過ぎると また門があった

もう一度番号を入力すると 手で押した門は簡単に開き 建物の中へといざなわれた


コツコツと私の靴音だけが階段に響く

部屋の前に立ち 一呼吸おいて呼び鈴を押した

カチャッ とドアが開く音に一瞬の緊張を感じたが 開けられたドアから出てきた宗の顔が見え 

一気に緊張がとけた



「待っていたよ」



言葉とともに私を部屋に迎え入れると 宗の手が素早く私を抱いた

それは再会を喜ぶ抱擁ではなく 「よくここまできたね」 と言っているようだ

抱き寄せられたことで さらに緊張が高まった

「どなたかいらっしゃるの?」 と極力小さな声で聞いてみたが 彼の指によって私の唇は封じられた

何も言うなということらしい

無言のまま私が手にしていたバッグを受け取ると 彼は部屋へ続く廊下を歩きだし 部屋に通じるドアの

前で立ち止まった 

振り向きながら また唇に指を立てた彼へ静かに頷き返し 宗の手を強く握り返した 


手に導かれ部屋の中へと足を踏み入れた私は 予期せぬ光景に戸惑った

部屋の中央に置かれたテーブルには花が飾られ フルートグラスが二客用意されていた

キャンドルの灯りに照らされた部屋はほの暗く 幻想的な陰影を醸し出している

誰かが部屋で待っているのかと思われたが その気配はない


グラスが二客ということは……私と宗だけなの?

彼は疑問とともに立ち尽くす私を促し窓辺へ近づき さらにバルコニーへと連れだした  

バルコニーから望む風景に私の目は大きく見開かれ 驚きの声がもれた

背中からゆるやかに手が回され 胸の前で合わされた手が私を包む



「珠貴と一緒に見たかった……」



耳元でささやかれた声に 「綺麗ね……」 とありきたりな返事しかできずに ただただ目の前の光景を

見つめ続けた


月明かりが反射した水面がキラキラと煌いている

海に映る月には神秘的な美しさがあった

 
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