ボレロ - 第三楽章 -


「綺麗だろう」


「えぇ……でも どうしてここに?」


「どうしてと聞かれると 返事に困るな……今日だからとしか答えられない」


「今日でなければいけなかったの?」


「うっ うん……君の予定を把握できず 昨日 今日 明日と部屋を押さえた

結果的に今日になっただけだけだよ」



顔を見上げたが 宗は困った顔をしている

海を眺めながら 「一緒に見たかった」 と言ってくれたのは嬉しいが それは大事な話の前触れにすぎない

早朝の電話で ”ここに来るように” と言うだけで何も教えてはくれなかったのだから 電話で言えないほどの

重要なことが私を待っているはずだ

彼の口から何が語られるのかと身構えているのに 一向に本題に入る気配がなく私の我慢も限界にきていた



「宗 あなたらしくないわ もっとハッキリ言って これから何か起こるの?

三日間も部屋を押さえて そこまで用心して私に会わなければならないなんて かなりの重要事項でしょう?」


「重要といえば重要だが……まいったな 気がついてくれると思ったんだが」


「気がつく? 何を? 訳もわからずいきなり呼び出されたのよ 挙句の果てに気がついて欲しいなんて 

どういうことかしら

……ごめんなさい 私にはわかりそうもないわ

あなたのその様子では急ぐ必要はなさそうね 明日の準備もあるから帰るわね」



宗の腕をほどき踵を返し部屋の中へ入った

バッグをつかみ歩き出した私を宗の手がつかんだが その手をやんわりと振りほどいた

彼の悪いところはこんなところだ

肝心なことを言わず 「わかって欲しい」 とばかりに言葉を濁す

仕事においては鋭く働く頭脳も女性の感情を推し量るのは苦手らしく 男女の駈け引きには向かないようだ

これまで何度も同じようなことがあり そのたびに気持ちの行き違いを生んだというのに

彼はまた同じ過ちをくり返そうとしている

あなたのことは大好きよ でも こんなところは嫌い……と何度伝えようと思ったか知れない



「珠貴 待ってくれ」


「待てない 私忙しいの 今日だってあなたの電話に緊急性を感じたからこそ 予定をやりくりしてここまで来たの

それなのに なに? 肝心なことは何も言ってくれない 待ってくれと言うばかり あんまりだわ

明日も忙しいの 3月15日の予定は えっ……今日は14日……」


「うん 14日だ」


「もしかして……わたしのために ここに?」


「今日はホワイトデーだよ やっと気がついてくれたようだね」


「あのね それは あなたが何も言ってくれないから あの わたし……まさか」



手にしたバッグを胸に抱きしめ ゆっくり宗を振り返った

なんともいえない顔をした宗が 照れくさそうに頭をかいている



「去年の俺は散々だったからね 今年は挽回しようと思ったんだ 

驚かせるために趣向を凝らしたつもりだったが 逆効果だったようだね 慣れないことをするもんじゃないな」


「そうならそうと 言ってくれればよかったのに……」


「こっちは君を驚かせようと計画してるんだ 言ったら意味がないじゃないか」



ここは素直に謝るべきだとわかっているのに 変に意地を張ったせいで素直になれずにいる

抱きしめていたバッグを椅子に置くと 宗の顔が明らかにホッとした表情になった

彼に駆け寄って 「ごめんなさい」 とでも言えば 気まずい雰囲気も一気に解消されるのだろうが 

それが私にはできない

グラスに目を向けながら 「せっかくだから飲もうか」 と言われ 「いただくわ」 と可愛げのない返事をした


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