ボレロ - 第三楽章 -
けれど いまの本当の私は 嬉しさではちきれそうになっている
二人の記念日を覚えていたり 私好みのプレゼントを用意したり 気の利いた場をサプライズで設けたり
そんな演出は彼に似合わないし して欲しいとも思わない……そう思っていたのに
いざ実行されるとかなり感動的で 宗が私のために考えてくれたのかと思うだけで幸せな気分になる
花で美しく飾られたテーブル 添えられたキャンドルの灯り 二人のためのシャンパングラス
そして バルコニーからの幻想的な光景
いかにもな演出は彼らしくないなんて 粋がっていたことも忘れそう
座って待っててと言われたが ただ座っているのも気まずく 「お部屋を見せてね」 と断り立ち上がった
あらためて部屋を見回した
外観は和風の造りなのに 室内は和と洋が混在した不思議な空間が広がっている
パーティーが出来るほどのリビングの奥には ゆったりとしたベッドルームがあった
廊下の脇に階下へ続く階段がみえた メゾネットになっているようだ
「下も見てきてもいい?」 とバーカウンターにいる宗に声をかけると 「いいよ」 と機嫌の良い返事があった
宗の明るくなった声を聞き 軽くなった気持ちとともに階段を下りる
下の部屋はゲストルームと和室が設けられていた ここもかなりの広さがある
ふたたび階段をのぼりリビングに戻ったところで 宗がグラスを手にやってきた
渡されたグラスを軽く合わせ泡立つシャンパンを一口含むと 爽やかな口当たりに喉が潤った
私の機嫌が直ったと読み取ったのか 含みのある表情で宗がベッドルームと反対側へ顔を向けた
「向こうも見た?」
「いいえ まだよ」
「ここの一番のウリだよ 設計者がこだわりにこだわって作った空間だそうだ」
品のある宗の顔と 「ウリ」 の言葉がちぐはぐで ふふっと笑ってしまった
やっと笑ったねと言われたが 返す言葉が見つからない
こっちだよ……と私の手をつかみ歩き出した彼に従った
星空と海が見えるなんて なんて贅沢だろう
バルコニーからの眺めも素晴らしいものだったが この浴室からの眺めはそれをはるかに上回るものだ
頭を縁に預け 手足を伸ばす
良質の温泉だそうだ 美肌効果があるらしいよと 効能を説明する声を聞きながら空を見上げる
星空を見ながら 乳白色の湯にゆらゆらと体をただよわせる心地良さは例えようがない
「気に入った?」
「とっても」
「だろう?」
「最高の気分よ」
並んで体を伸ばしていた宗の顔が満足そうに微笑んだ
その顔に微笑み返すと 待っていたように唇が近づいてきた
宗が案内したのは浴室だった
ホテルの浴室の概念を覆す造りに圧倒された
泳ぐことも可能なほど広い浴槽と 体を清潔にするための機能的な設備
ドーム状の天井は透き通り 夜空を仰ぐことが出来る
設計者は究極の露天風呂を目指したそうだとの宗の説明に 「わぁ……」 と口を開けていると
「おいで」 と言われ 「えっ 入るの?」 とたじろいでいたが グラスを持ったまま瞬く間に浴室に押し込まれた
一口飲んだだけのグラスを取り上げると棚に置き 迷わず私のブラウスに手をのばす
次々とはずされるボタンを見ていたが されるがままでいるのも癪で 私も彼のシャツのボタンをはずすことにした
「その気になった?」 と宗の嬉しそうな声がして 「えぇ 滅多にない機会ですもの 楽しまなくちゃ」 と
ようやく気の利いた言葉を返したのだった
計算されつくした設計であり 外から見えないとわかっていても 素肌だけの体は心もとなく
宗の体に隠れるようにして浴槽に身を沈めた
滑らかな湯に体が吸い込まれ あまりの気持ちよさに はぁ……と大きく息を吐いた
「まさに裸の付き合いだな」
「ふふっ そうね……ねぇ このホテル 去年の秋にくる予定だったわね」
「思い出してくれたみたいだね」
「落ち着いて考えればわかったはずなのに 今日の私はどうかしてたわ ごめんなさいね」
やっと彼へ謝罪の言葉を告げることができた
「ありがとう」 と謝罪と感謝を込めて宗の頬に唇を当てると 照れながらも満足そうな顔が近づき
私の唇をふさいだ