ボレロ - 第三楽章 -
聖夜の贈り物
格子戸をあけて数寄屋門をくぐり、打ち水も清々しい小道を進む。
屋敷まで続く道の脇には、苔むした岩や手入れの行き届いた竹がひっそりとたたずみ、それらを愛でながら歩くとき、この家に住んで良かったと紫子は思うのだ。
けれど、今日のようにドレスの裾を持ち上げながら踏み石を渡るのは難儀で、なにより庭の風情と格好が不釣り合いである。
住まいに不満はない、もちろん庭にも。
お気に入りの家屋敷が、この時期だけ少し不満に感じるのはどうしようもないことだった。
今夜は潤一郎の兄、宗一郎宅で催される夜会に夫婦で出かけることになっている。
潤一郎はタキシードを、紫子はロングドレスを身にまとい、迎えの車に乗り込む間際、片方のイヤリングがないことに気がついた。
ロシアンブルーの子猫を追いかけて庭に出たとき、笹の葉の茂みの脇を通り向けた。
落としたのはあの時に違いないとの紫子の勘は正しかった。
「ゆか、そろそろ出かけようか」
「はーい。いま行きます」
遠くで呼ぶ声に応じて、足元でキラリと光ったイヤリングを拾い上げた。
この庭にクリスマスツリーは不似合いね……
来た道を引き返しながら、紫子は誰に言うともなくつぶやいた。
潤一郎と並んで座る車の後部座席から、クリスマスカラーに染まる街の景色を眺めた。
信号待ちで止まった車窓から見えた店の入り口には豪華なリースが飾られ、ヒイラギの赤い実が彩りを添えている。
家の庭にも赤い実のなる木がある。
千両、万両、ヤブコウジ、どれも可愛らしい実をつけているが、華やかなクリスマスカラーと異なり、庭の片隅でひっそりと実をつけている。
ヒイラギがあったら少しは華やかになるかしら。
心で思ったことが、知らぬうちに声になっていた。
「ヒイラギを庭に植えるつもり?」
「えっ? えぇ、赤い実のなる木がほしくて」
「千両と万両はあるね。百両、億両って木もあるらしいよ。全部集めようか」
「そうね……」
そうじゃない、クリスマスカラーの華やかさが我が家の庭に欲しいのだと言えなかった。
潤一郎のことだ、明日にでも苗木の手配をするだろう。
明後日には、庭に新しい木が植えられているはずである。
紫子がクリスマスツリーが欲しいと言えば、庭にモミの木を植えてくれるだろうか。
植えるかもしれないが、庭師が丹念に手入れをした庭の風情を壊すことになりはしないか。
やっぱり諦めよう……
華やかな街並みに目を向けながら、紫子は小さなため息をついた。
翌日、朝から出かけていた潤一郎が戻ったのは昼過ぎ、ともにでかけた小原の手には、根元が藁にくるまれた木の苗があった。
年末になると木市がたつんですよ、昔から変わらない風景ですと、この屋敷に長くいる小原が市の話をはじめたが、紫子は相づちを打ちながらその半分も聞いてはいなかった。
百両か億両を見つけてきたのだろう、庭がますます和の風情になっていく。
午後から誰かがやってくる、というようなことを聞いたような気がしたが、紫子の記憶には残っていなかった。
昼食を終え、午後からロシアンブルーの子猫たちの予報接種に出かけて帰ってきた紫子は、庭に出ぬまま家の中で過ごした。