ボレロ - 第三楽章 -


廊下から楽しそうな笑い声が聞こえてきた。

大叔母が帰ってきたようだ。

先月から、静夏と一緒に大叔母もこちらで暮らしている。

海外で出産に備える娘を心配した母は、静夏の近くで世話をしてくれる気の

利いた人を探していたの だが、その話を聞いた近衛の大叔母が 

「私が行きましょう」 と名乗りを上げたのだった。

いまの静夏の事情では誰彼と頼めないだろう、それなら自分が引き受けようと

言い出した。

はつらつとし年齢よりはるかに若く見える大叔母だが、なにぶん高齢で

ある。 

日本国内ならまだしも海外に赴いて世話をしようというのだから、高齢の大叔

母を気遣い両親も 返事を悩んでいたが、大叔母の家に勤める佐山さんが 

「私もご一緒させていただきます」 と 申し出てくれたおかげで、心配も

解決したのだった。


私と潤一郎を見ると 「まぁ、おそろいね。ようこそ」 と顔をほころばせた

大叔母は、この年齢の人に しては珍しく堅苦しい挨拶などなく、着替えてまい

りますので少々失礼しますねと言い残し、確かな 足取りで隣室へと入って

いった。

入れ代わりに、佐山さんが外出先で買ってきたらしい菓子をトレーに乗せ

運んできた。

静夏が淹れてくれた紅茶の横に置き、話をしながらもさりげなくテーブルを整

えていく手の動に無駄は なく、さすが近衛家分家の奥向きを任されている人だ

けのことはある。 



「ご兄弟がおそろいで、こうしてお話をなさっているのを拝見していると、 

お小さい頃に戻ったような気がいたします」


「佐山さんが静夏のそばにいてくださるので、僕らも安心です」


「そのようなこと、私のほうこそ感謝しております。 

静夏お嬢さまと、お腹の赤ちゃんのお世話をさせていただく日がくるなんて、

なんて嬉しい事でしょう」


「わざわざ日本から来ていただいて、静夏だけでなく大叔母さまの世話もある。

さぞ大変でしょう。佐山さんにはお世話になります」



隣室の大叔母を気にするように声を潜めた私に 「まあっ」 と大げさに反応

する顔を見せながらも、佐山さんらしい返事が返ってきた。
 


「私も久しぶりのヨーロッパで戸惑う事もございましたが、

大奥さまがご一緒ですから、こんなに心強いことはございません」



佐山友利子さんは、以前近衛の本家に勤めていた人だった。 

母が私と潤一郎を生んだ頃近衛の家に入り、その後、大叔母の連れ合いである

大叔父が亡くなったあと、乞われて大叔母の家に行くまでの十数年、近衛の家

で浜尾さんとともに家の中を取り仕切り、私たち兄弟の身の回りの世話をして

くれたのだった。

静夏が佐山さんをとても慕っており、幼い口で 「さやまさん」 と言えず、 

「さぁーたん・・・さぁーさん・・・さぁちゃん」 と呼んでいたのが懐か

しい。

佐山さんは語学に秀でた人で、自宅に客を招く事の多かった当時、外国のゲス

トのための接待も佐山さんの大事な仕事だった。



「父が商社マンで、私が中学校まで海外赴任が続いておりましたから、 

外国語という意識もなく難なく覚えたようです。

姉妹の喧嘩もドイツ語だったりフランス語だったり、

子どもなりにちゃんと会話になっていたそうです。

姉はほとんど忘れたようですが、私は覚えた時期が良かったのか、

おかげさまでこうして役立っております」



佐山さんの家族は、父親の病気により帰国することになり、その後、入退院を

繰り返したため、母親とともに家事や父親の付き添いをこなしながら学校を

卒業したとは、今日初めて聞く話だった。 

佐山さんの事情など何も知らずに、苦労もなくのんきに学生時代を送っていた

ことに、いまさら恥ずかしさが滲んできた。

もっとも、佐山さんは自分の事情などを口にする人ではなかったから、今まで

知らずに来たのだが……

「大変な思いをされたんですね」 と言ったきり、私の口が重くなった事に気

がついたのか、



「お屋敷にお世話になったおかげで夫と知り合うこともできました。 

二人の息子にも恵まれて、それでも仕事が続けてこられたのですから、

ありがたいことです」



穏やかな笑みで、佐山さんは昔話をしめくくった。

着替えの済んだ大叔母も加わり、それからは賑やかな昼食の席になった


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