ボレロ - 第三楽章 -
久しぶりの 『シャンタン』 の食事は、期待を裏切ることなく私たちを満足させてくれた。
素晴らしいわ……と珠貴が感嘆の声をもらした一品は、食材の吟味はもちろん、色彩に厳しい彼女をもうならせる色の取り合わせで
「なんて優しいお色でしょう 。に柔らかく訴えますね」 の言葉は、食材のバランスのみならず、色彩にこだわった厨房スタッフをこの上なく喜ばせた……
とは、デザートを運んできた羽田さんが伝えてくれたことだ。
スタッフが喜んでいると聞き珠貴も嬉しそうな顔をしたが、その笑顔が私へと向けられたとたん、頬が膨らんだ。
まだ意地を張っているのか、そろそろ機嫌を直してもらわなくては……
私は用意してきた品物を取り出した。
いきなりテーブルの上に現れた小さな包みに、珠貴は首をかしげた。
「あけて」
「なぁに?」
「いいから、早くあけて」
「プレゼントをいただいても、私の機嫌は直りませんから」
そう言ってとがっていた口は、包みをほどき品物が目に入ると、驚きの角度へと変わった。
わぁ……と小さく声を漏らし見入っていたが、大事そうに取り出し、嬉しさが滲んだ指が丁寧に並べていく。
テーブルの上には、手のひらに乗るほどの小さなバスタブや小鉢、化粧瓶など、陶器やガラスでできたミニチュアのバスルームセットが姿をあらわした。
「このシリーズが、ここにあるなんて信じられないわ」
「レアな一品らしいね」
「そうよ。アール社の限定モデルは、海外コレクターのあいだでも、手にできたのはほんのわずかな人だけ。
日本で持っている人がいるかどうか……」
「いたんだよ。その人に譲ってもらった」
「譲ってもらったなんて、そんな簡単じゃないはずよ。どうやって交渉したの?」
ねぇ、おしえて!……と声を張り上げたが、ここが 『シャンタン』 の一室であると思い出したようで、口を押さえ周りを見回しながら、私に小声で聞いてきた。
「アンティークのミニチュア家具を私が集めてるのを、どうして宗が知ってるの? 私、お友達にも言ってないのよ。
あなたにも内緒にしてたのに……あっ、紗妃ね!」
「君のおねえさんの機嫌をとりたいが、プレゼントは何が効果的だろうと相談したら、絶対これです、と紗妃ちゃんが教えてくれた」
「子どもじみた趣味だと思ったでしょう……」
「そんなことは思わないよ」
先ほどまで膨らんでいた頬はしぼみ、うつむき加減の気弱な顔が私を上目遣いに見る。
目には、隠し事を見つけられた恥ずかしさがにじんでいた。
「小さい頃、誕生日に祖母から贈られたドールハウスがはじまりだったわ。
大人に囲まれて過ごすことが多かったせいかしら、ひとり遊びをしていると、気持ちが落ち着いてくるの。
自分だけの小さな世界を作って、空想して物語を作って、自分が主人公になって……
いまでも変わらないわね。疲れて自分の部屋に入って、小さな家具を見ているとホッとするの。
こんな小さなアンティークだけど、奥が深いのよ」
「これは立派な大人の趣味だよ。昔、ドイツの貴族のあいだでもてはやされたらしいね」
「よくご存知ね」
「俺にとっては初めての世界だったから、どんなものかと調べた」
「驚いたでしょう。こんな小さなものに、みんな目の色を変えているんですから」
そう言って肩をあげて笑う仕草をした珠貴は、並べられた小さな道具類をそっと手に取り、いとおしそうに眺めては、嬉しさと感動のため息をもらした。