ボレロ - 第三楽章 -
「佐山さん、ご家族は? 不自由されているのでは」
「それが、そうでもないようです。夫と息子たちの男三人ですが、
自由でいいよ、などと言っておりますから。
それに、息子がこんな事を申すんですよ」
丸テーブルを囲む食事は堅苦しさを取り払ったのか、佐山さんの言葉も滑
らかだった。
それとも女三人の生活はいつもこうなのか、賑やかな会話が途切れる事は
ない。
「母親が海外に単身赴任の家なんて滅多にないから、
話題にすると珍しがって聞いてくれるんだ。なんて言いまして」
「そうだわ、佐山さんは単身赴任なのね。妻の方が海外勤務なんて、
珍しいパターンじゃないかしら」
「そうかもしれません。海外赴任手当ても頂いておりますから、
夫より収入が多いくらいです。
肩書きも偉そうだって言われているんですよ」
「まぁ、それは頼もしいわ」
佐山さんは近衛の社員でもあるため、対外的な肩書きも持っている。
一般的には家政婦と呼ばれる職種なのだろうが、佐山さんの仕事はそれだ
けに留まらず、さまざまな事柄をこなす執事の役割もあり責任も相当なも
のだ。
昔は使用人といってひとくくりにしていたが、それを社員とし仕事の環境
や待遇を整えたのが曽祖父だった。
先見の明があったといえばそれまでだが、何事も先を見据えた事業展開を
してきた曽祖父の偉大さを、こんなところでも感じた。
「宗が日本に残って、珠貴さんが海外赴任、なんてことも
あるかもしれないわね」
「いきなりなんだよ……」
「その可能性もあるんじゃない? ねっ、潤もそう思うでしょう?」
「あるだろうね。珠貴さんなら充分考えられる」
「えぇ、珠貴さんはそういう方ね。思ったことを実行なさるでしょうから、
宗一郎さん、あなたがお留守番かもしれないわね」
「なんですか、大叔母さままで」
一時大叔母の家に身を寄せていた静夏を訪ねたことのある珠貴を、佐山
さんももちろん知っているからだろう、微笑みながらそうですねとばかり
にうなずいている。
急に話を振らないで欲しいものだ、答えに窮するじゃないかと不機嫌な顔
をしていたが、私に向けられるみなの目には、いたわりが含まれていた。
「あれから、なにかわかりましたか?
よろしくない記事もあるとうかがいましたよ」
「記事ですか……やはり、話はそこへいきますか」
できるなら余計な不安を与えないためにも、静夏の前では避けたい話題
だった。
けれど、好奇心旺盛な大叔母には通用しないようで、それは妹にも言える
ことだった。
「そうよ、私たちは何にもできないんですもの、
心配するしかないじゃない。本当はどうなの?
珠貴さんも大変なんでしょう? 先日も電話でお話したのよ。
でも、大丈夫ですって言うだけで何も教えてくださらないの。
きっと私に余計な心配をさせたくないのね。お気持ちは嬉しいけれど、
じれったくて。知弘さんも同じ、何も教えてくれないのよ。
ねぇ、どうなってるの?」
「青木先生の奥様もさぞご心痛でしょうね。
青木さまには、しばらく外国に行ってまいりますと
お知らせしましたけれど、雑誌や報道については何もおっしゃらずに、
お帰りをお待ちしておりますわと、いつもと変わらぬお声でしたよ。
宗一郎さんが青木先生のご本を見つけてくださったと、
丁寧にお礼を述べられて。
あなた、ご本を読んだ感想を書き添えて、お渡ししたんですってね。
先生がとてもお喜びでしたとおっしゃって……」
そうだ 、大叔母も須藤家に繋がる人と交流があったのだ。