ボレロ - 第三楽章 -
誰もが私と珠貴の心配をし、成り行きを気にしている。
黙っていては、かえって心配の種が大きくなるだけだ。
一連の騒動のあと、また他の記事が出たが、いまだに関連性をつかめず苦
慮している。
対策として須藤側との接触は極力避けていること、会社としての対応は万
全なので直接的な被害はないと現状を正直に伝えた。
聞き終えた大叔母と静夏は眉をひそめ、いったい誰の仕業なの? 近衛に
敵意でもあるのかしら、と憤慨がおさまらない様子だった。
「おばさまも静夏も、事件を大ごとにしたいらしいね。
記事の関連性をつかめずにいるとはいったが、
なにもわかっていないわけじゃない。
知り合いにジャーナリストがいてね、彼が情報収集をしてくれている
最中だが、会社に関わる記事ではあるが、噂が噂を呼んだようだ。
一つの記事から次の何かを憶測する。言ってみれば連想ゲームのような
ものだと言っていたよ」
「それじゃ、どうして近衛の名前や、珠貴さんの会社の名前が次々と
あがってくるんです? 企業スパイが動いているんじゃないかしら」
「おばさま、企業スパイなんて良くご存知ですね。
そういう例もありますが、今回は違うようです。
企業スパイは、いわば隠密ですから、週刊誌など目立つ
情報操作はしません。それより……」
私の意図を汲み取った潤一郎が、上手い具合に話を引き継いだ。
話の矛先を少しずつずらしながら 「企業スパイ」 についての講釈が述
べられる。
こういった話をはじめると潤一郎の口は滑らかで、物静かな口調がより
信憑性をおび、相手を自分の話の中へと引き込んでいく。
見事と言うほかない。
「ですから、今回は単なる興味本位の記事でしょう。
10月は記事が少ない月だそうです。
ふだんなら取り上げないことも、面白くし立てて記事にしたり
するそうですから」
「そうなの?」
「スポーツシーズンが途切れるからね。芸能関係や目新しい情報、
目を惹く情報を探るらしい。
会社がというより、おそらく宗が狙われたんだろう」
「あっ、そうかも。去年の異臭事件で有名になったもの。
近衛副社長の熱愛報道なら、芸能記事にも負けない話題性があるわね」
「迷惑極まりないよ。まったく……」
おおげさに不機嫌そうな顔を見せる、 大叔母も静夏も 「気の毒に……」
といいながら、どこか楽しんでいるふしがある。
私を興味本位で狙ったスキャンダルということにして、二人をなんとか
納得させた。
静夏のアパートで過ごした数時間は、楽しく貴重な時間だった。
泊まっていってと懇願されたが、私も潤一郎も次の予定が入っているのを
理由に、大叔母と静夏に別れを告げ、律儀に 「大通りまでお見送り
させていただきます」 と言う佐山さんと一緒にアパートをでた。
しばらくは街並みの話などをしていたが、何か言いたそうにしている佐山
さんに、「佐山さんの考えを話していただけませんか」 ともちかけたの
は潤一郎だった。
「先ほどのお話では、興味本位の記事ということでしたが、
会社に対する嫌がらせや妨害は本当にないのでしょうか。
いかにも須藤さまと関わりがあるような記事が、
続いて出てきたというのは……」
「佐山さんは、企業を狙ったものではないかと考えたんですね」
佐山さんは控えめに 「はい」 と返事をした。
「もし個人的な興味だけの話題作りなら、企業合併の伏線は、
必要ないのではと思ったものですから」
「ふっ。10月は記事のネタがないなんて、もっともらしい話だったのに。
大叔母さまと静夏は騙せても、佐山さんには通用しなかったようだな。
なぁ、潤」
「うん、佐山さんは、お袋が見込んだ人だからね」
「それでは、やはり……」
「それも含めて、いま情報を集めているところです。
近衛を狙ったものなのか、須藤絡みなのか、双方を妨害しようと
しているのか、それとも宗への個人攻撃なのか。
静夏にはあのようにいいましたが、実のところまだわかっていません」
「そうでしたか」
「これは佐山さんの胸に収めていただいて、叔母や静夏のこと、
よろしくお願いします」
「わかりました。おふたりなら、どのような事態でも解決できると
信じています。私は、大奥さまと静夏お嬢さまのお世話を、
精一杯つとめさせていただきます」
律儀な顔が私たち兄弟へ向けられた。
心強い佐山さんの言葉を聞き、私も潤も安心したのだった。