ボレロ - 第三楽章 -


「電話をもらって驚きました。櫻井さんも出張だったそうです。

それにしても奇遇だなあ……」



こんな白々しいセリフをもらしながら、平岡も席に着いた。

狩野だけでなく、沢渡さんに櫻井君まで そろって、どこが奇遇なものか。 

絶対に誰かが仕組んだことに違いないと確信したが、平岡の言葉に騙された

ふりで、「もしかしたら霧島君も現れるんじゃないのか? そんな気がしてきたよ」 

と、いかにも偶然の再会を期待するように入り口近くを眺めていると、 



「霧島さんも誘ったんですが、結婚式を控えているので動けないという返事でした。 

次回は必ず声をかけて欲しいそうです」


「ほぉ……いま、誘ったと言ったな」


「あっ、いや、あの、だから、これだけのメンバーがそろったんですから、

霧島さんだけいないのもどうかと思って一応確認を……」



平岡はどこまでもシラを切るつもりらしく、しどろもどろになりながらも 

「みながそろったのは偶然です」 と言い張っていたが、睨みつけた私から

懸命に逃れようとする目は周囲のメンバーに向けられ、ついには、誰か助けて

くださいよ、と情けない声を出していた。


 
「みんなに声をかけたのは、平岡、おまえか」


「えぇ、まぁ……そうですが、ここで集まろうと言い出したのは狩野先輩です」


「首謀者は狩野か」


「近衛、首謀者ってのは穏やかじゃないな。

なにも犯罪を企てようってわけじゃない。

俺がこっちに視察に来る頃、おまえたちも海外出張の予定があると

平岡から聞いて、そういえば沢渡さんも確かその頃新婚旅行だったと

思い出したんだよ。それで、沢渡さんの別荘にそろった時の仲間で

集まれないかと、そう思っただけだ。 

あのパーティーからこっち、集まってなかっただろう? 

スイスに集合ってのも、目先が変わっていいんじゃないかと思ってね。

あのとき潤一郎は欠席だったから、こんな集まりはどうだろうと話を持ちかけたら、

ふたつ返事で了解だった。おまえにはサプライズってことで」


「サプライズねぇ……で、平岡は何もかも知っていながら、俺に同行して出張中は

ポーカーフェイスだったんだな」


「僕だけじゃないでしょう。潤一郎さんだって同じじゃありませんか。

静夏さんのアパートに一緒に行ったのに、黙ってたんですから」



言われてみればその通りで、さっそく潤一郎をジロッと見たが、こんな時ばかりは

諜報部員の顔になるのか、無言の笑みをたたえダンマリを決め込んでいる。

それにしても櫻井君までスケジュールが合うとは、これも偶然だったのかと聞くと、

櫻井さんは、こちらの予定にあわせてもらって、というか、とにかく出張の

スケジュールが重なったので……と、平岡の説明が曖昧なのが気になったが、

要するに、ここにいる6人が、この時期、日本ではなくスイスに集える環境

だったというのは事実だった。

私にサプライズにしたのは、おそらく週刊誌騒動を気遣っての事だろう。

友人たちの粋な計らいを、ありがたく受け入れることにして、然でもなんでもなく、

なるべくして集まった顔ぶれとともに、狩野が手配してくれた一室に腰をすえ、

男だけの会合がこうして始まった。



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