ボレロ - 第三楽章 -


「話は戻るが、男子会は古くからあるぞ。 

イギリスの紳士が集う社交クラブが有名だな、もちろん女子禁制だ。 

そこは男だけの社交場で、女には聞かせられない話がくりひろげられる。

まぁ、それだけじゃないが。日本にもあったはずだが……

そうだ、男性会員だけのクラブってのをウチのホテルでも考えてみるか。 

うん、これはいいかもしれない。視察のレポートにうってつけだ」


「さしずめ今日は、試験的な会合ですね。それでは規約をもうけますか。 

そうだな……クラブ内の会話は他言無用とする。

クラブの交流関係をむやみに公開しない。 

会員が持ち回りでテーマを決めて、それについて討論および協議をする。

会合の開催日時はパートナーにも秘密とする……こんなところでどうでしょう」


「沢渡さん、なかなかいい案ですね。ただ最後の項目は難しいのでは? 

今日ここに集まることは、すでに美那子さんも知っているでしょう」



潤一郎の問いに、沢渡さんのニヤッと笑った顔がみなを見た。



「近衛兄弟に会うために出かけるとは言いましたが、ほか何も……」


「さすがだな。敵を欺くには、まず味方からですか」


「潤一郎さんが言うと現実味がありますね。この会が楽しみになっていました。 

では、今回のテーマは決まっているので……僕からはじめてもいいですか?」



櫻井君は、狩野がうなずくのを確認すると、「日本を発つ前に知弘さんに

会ってきました。それから、週刊誌の最新号も預かってきました」 と、

まるで決められた手順のように

記事の説明を始めた。

話題が決まってる? 聞いてないぞ……

そう思ったのは私一人で、櫻井君の言葉に異を唱えるものはいなかった。 

私の身に降りかかった災難のために、彼らがこうして集まり、力になろうとして

くれていることは明らかだったが、誰もそんなことは口にしない。

友人たちに感謝するばかりだった。


テーブルに広げられた数冊の週刊誌をもとに、さっそく意見交換が始まっていた。



「近衛さんと噂のあった、女性三人の追跡取材が掲載されています。

見てください、ここです」



彼らと一緒に、櫻井君が示した記事を覗き込んだ。

それは、私が珠貴に近づいたのは、会社の吸収合併のためであると報じた週刊誌

だった。


『熟女との密会を伝えられた近衛氏だったが、双方ともに取材拒否の姿勢が強い。 

ただ、否定の言葉もないため、一夜のアバンチュールだったのではと

関係者は見ている。また、深窓の美人令嬢との熱愛は、令嬢側の強い否定により

事実ではなかったことが判明した。 

しかし、社長令嬢Tさんの交際の有無は、いまだグレイゾーンである。 

本誌記者の取材により、両社の社員間の接触は厳禁であると、

指示があったとの事実をつかんでいる。

このことから、近衛氏が合併吸収の目的でTさんに接近したのは、

間違いないようだ』



「みなさんは、この記事をどうとらえますか」


「要するに……柘植さんと小宮山さんは近衛と関係ない。

だが、珠貴さんとの交際はグレーである。

それは、近衛が珠貴さんに近づいて会社の乗っ取りを企んでいるからである。

そういうことだろう? そうなると、柘植さんと小宮山さんとの交際を

否定した記事を載せた意味はなんだろう 。

近衛が珠貴さんに近づいたのは目的があった。それを強調したかったのか…… 

もしかして、この記事は、意図的に報道されたということか」


「知弘さんも、狩野さんと同じように考えたそうです」


「なるほど。記事を読んだ人は、近衛宗一郎は会社をのっとるために

珠貴さんに近づいたとの印象が残りますね。近衛副社長は、

ひどい男だと思うんじゃないですか。

……先輩、睨まないでくださいよ。僕は思ったことを言っただけですから」 



平岡の口は後輩の遠慮のなさからくるのか、辛らつな言いようだったが、もっとも

言い当てているものでもあった。

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