ボレロ - 第三楽章 -


さらに 「こちらも訂正記事です」 と櫻井君が雑誌を示した。



「『スドウ』 と 『SUDO』 は無関係だと丁寧な断り文が添えられている。

記事の内容に誤りがあったわけだから、これは当たり前といえば当たり前だが、

訂正文を気にして見る人がいるのかな。一応訂正したってことで、

雑誌社側の責任は果たせると思うが」



狩野の言うとおりだ、誰も気にはしないだろう。

櫻井君はさらにページを開き 「ここです」 と我々の前に雑誌を広げた。

先週の週刊誌には、吸収合併の対応で 『SUDO』 の社長が体調不良だと

掲載されていたが、見出しも小さく、関係者でなければ目に付かないほどの

記事だった。



「こちらの記事は数行で扱いも小さい。伝える意味があるのかと思えるほどです」  


「櫻井君の言うとおりだな。穴埋めのような記事じゃないか。 

俺たちは敏感にとらえたが、ほかの誰が気にして読むんだよ。

須藤社長の関係者か?」


「宗一郎さん、それです!」



それまで黙って聞いていた沢渡さんが、思いついたように大きな声で叫んだ。



「これらは、一部の者に向けて発信したものだと考えれば、すべて

筋が通ると思いませんか。宗一郎さんと女性三人との交際記事がでて、

近衛グループが吸収合併を進める社名が明らかになり、二つの記事を

肯定するように、近衛副社長は会社の吸収合併の目的から、

珠貴さんに近づいたと報道された。この三つの記事を 誰が結び付けますか? 

三誌を読んだ人間ならともかく 普通は思いつかないはずです」


「そうか、僕らは近衛と須藤の双方を知っているから、三つの記事に反応したし

関連付けができたんですね。読者は熱愛報道には興味を持つかもしれないが、

合併吸収が目的で女性に近づいた男の記事なんて、面白くもないはずです。

それに、一連の記事は近衛宗一郎の株を下げただけですね」


「平岡、あのなぁ……俺の株を下げた記事だって? 言ってくれるじゃないか」


「敵の目的は、おそらくそこだろう。近衛宗一郎の評価を下げること。

それと、敵の目的は……」  



散々な言われように顔をしかめているのは私だけで、みなは、敵の目的は……

と言い出した口に注目し、捜査のプロの目を持つ、潤一郎の次の言葉を待ち

構えている。



「『SUDO』 あるいは須藤家と、近衛宗一郎を近づけたくないと考えている

人物がいるのではないか。

その人物が情報をマスコミに流し、近衛と須藤の関係者の目に付くように

情報操作をした。宗の評価を下げるだけなら、わざわざ須藤の名前を出す

必要ありませんから」



潤一郎の説明は、要点をみごとにまとめている。

筋道がたてられ、犯人探しの方向性がつかめた。

調べを始める取っ掛かりができたといえよう。



「堂本君と浅見君も、記事には関連性があると睨んでいたな。 

近衛の名を登場させた記事が、短期間に続けて出たのは偶然ではない。

三つも重なれば、これは必然である。仕組まれたと考えるべきだとね」


「その二人は相互派遣している秘書ですね。弘さんのオフィスで浅見秘書に

会いましたが、なにもかも見抜かれそうな目をした女性でした」


「櫻井さん、上手いこといいますね。浅見君は確かにそうだ。堂本君にも似たような

ところがありますよ」


「その何もかも見抜きそうな二人が、香取夫人と有馬総研のつながりを

気にしていたぞ」


「有馬総研だって? 怪しい名前が出てきましたね」



怪しいと言い出したのは沢渡さんで、経営者でもある妻の美那子さんが、

近頃話していたそうだ。



「一年ほど前から、有馬総研のよくない噂が聞こえてくるようになったそうです。

経営診断などで手に入れた情報を、どこかへ流しているのではないかと

噂されているとか。一時はマスコミにも顔を売って、かなり有名になった

所長ですが、いまひとつ信用がおけないらしくて」


「香取夫人と有馬総研に関係している人物がいたら、その人物は限りなく

黒に近いといえるでしょう。調べてみる必要がありますね」



腕組みをしていた狩野が、今度は違う方向から探ってみようと提案した。   


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