ボレロ - 第三楽章 -
「聞くのも怖いけど……あの……」
「価格を気にしてるんだろう? 実のところ俺も驚いた。こんなにするのかってね」
「やっぱり。そうよね、限定数のシリーズですから、コレクター間の取引は、販売価格の何倍にもなると聞いているわ。
天井知らずとは言わないけれど、欲しい人ならいくらでも出すでしょう。
それがここにあるのよ。まだ信じられないわ」
プレゼントの効果は思った以上で、限定モデルのアンティークミニチュア家具は、珠貴の心を虜にした。
贈り物を前にして、こんなに目を輝かす彼女は初めてだった。
誕生日に贈った 「オペラ年間鑑賞チケット」 も喜んでもらえたが、目の前の彼女の表情を見る限り、喜びの度合いはこちらの方が大きいようだ。
小さな家具を喜ぶ珠貴の姿は愛らしく、私の心を甘くくすぐる。
入手困難な品を、私がどうやって手に入れたのかを気にしている彼女に、得意顔で種明かしをすることにした。
「交換したんだ」
「交換?」
「このセットを手に入れられたのは、世界でわずか500人だってね。
彼らが手放さない限り世の中に出回ることはない。
熱心なコレクターならなおさら手放さないだろう。
オークションものぞいたが、それこそ価格は天井知らずだった。
そこで考えた。こういった世界にもネットワークがあるはずだ。
そこをあたれば手がかりがあるのではと、譲渡のリストを手に入れて、片っ端からあたったら、いたんだよ」
「売りたい人? それとも譲りたい人? きっと譲りたい人ね。
愛好者は大事に使ってくれる人に、持っていて欲しいものだもの」
「そのとおり。幸運にも限定モデルを2セット手に入れた人がいた。
それも日本人だった」
「わぁ、お会いして、お話をお聞きしたいわ。ねぇ、どこの方? 宗は知ってるのでしょう?
あっ、ごめんなさい……あなたのお話の途中なのに……」
「ふっ、いいさ。それだけ君が興味を持っているという証拠だ。話の続きは、部屋に行ってからにしよう」
興奮気味の珠貴を促し席を立つと、羽田さんがそっと近づいてきた。
今夜も珠貴の ”心からの言葉” が伝えられたのはいうまでもなく、羽田さんの口元は満足そうなカーブを描いていた。
羽田さんに見送られエレベーターに乗り込んだ珠貴は、手の中の小箱を飽きることなく見つめている。
今夜の彼女には、シースルーエレベーターから望む絶景の夜景も、目に入らない様子だった。