ボレロ - 第三楽章 -
「副社長がアルコールを受け付けない体質であることは、ウチのトップ
シークレットです。この事実を知っているのは、社内では僕と浜尾さんだけです。
堂本君もまだ気がついてないんじゃないかな」
「まさにトップシークレットですね」
そうだ、シークレットといえば……と櫻井くんが 知弘さんから伝言を預かって
きたと言い出した。
「これは事件とは関係ないので、最後に聞いて欲しいと念を押されたことですが、
知弘さんのシークレットを、近衛さんからみなさんに話して欲しいと
いうことでした。こんな言い方でわかりますか?」
思わず潤一郎と顔を見合わせた。
こんな形でこちらに振られてしまっては、話をするしかないようだ。
「あはは、またか……宿題を押し付けられるとはね。あの二人、似たもの同士だな」
私の言葉に、櫻井君はもちろん、沢渡さんも狩野も首をかしげ 「なんだ?」
と口々に問いかける。
「そうだな、何から話そうか……これは極秘ですから、くれぐれも内密に願います」
三人の顔が一斉にうなずき、私の顔を凝視していたが、「知弘さんと妹の静夏の
結納が交わされました。現在婚約中です」 と言ったとたん、部屋がどよめきに
包まれた。
いつですか、いつなんだ! 知らなかった……の声の中、まだ続きがあります
から聞いてくださいと、彼らの興奮を抑えるように潤一郎が静かに言葉を添えた。
「もうひとつ報告があります……来年二月には、二人の子どもが生まれます。
静夏はこちらで出産の予定で、その前に入籍し、出産後帰国の予定です。
このことを知っているのは、両家の両親だけです。会社関係者はもちろん親族にも
知らされていません。以上、トップシークレットですので、よろしくお願いします」
えーっ! と叫んだ三人の声が部屋に響く。
どうしてそうなったのかと狩野から質問攻めにあい、なぜ海外出産なのかと
沢渡さんに問い詰められ、私は食事どころではなくなっていた。
「マスコミがかぎつけたら、大変なことになるぞ。おまえの記事に信憑性を
与えることになる」
「そうだよ。近衛は妹を使って 『SUDO』 の乗っ取りを企んだのかと
言われかねない。だから極秘なんだ」
「知弘さんは、それを心配してるんですね。なるほど……
日本にいては何かと耳に入るでしょうから、母子の健康を守るためにも
海外出産は最良の選択でしょう」
医師らしい見解で沢渡さんが大きくうなずき、それにしてもよくバレずに
いるなと、狩野は完璧に秘密が守られている事に驚いている。
「とんでもないことを聞いてしまったな。自分のせいでマスコミに知られたらと
思うと、身震いがします。口に鍵をかけたいですね」
櫻井君の表現にみなが笑っていたが、潤一郎だけはやや固い表情で口元に手を
あてている。
これは、潤一郎が深く考え事をしているときの仕草だ。
しばらくそうしていたが、体を寄せ耳打ちしてきた。
「静夏の妊娠を、秘書の二人も知っているのか」
「もちろん知っている。それが?」
「いや、確認したまでだ」
何も言わない弟の顔をじっと見ていたが、軽く微笑んだ顔がスッと横に向け
られた。
潤一郎の職業的勘に、なにかが引っかかるのだろう。
兄弟だけにわかる 「何か」 を感じながら、あえて聞かずにいた。