ボレロ - 第三楽章 -
同じ顔ぶれでも、アルコールが入った席はいっそう和やかになっていた。
各々がグラスを持ち、思い思いの格好で飲んでいる。
私の手にもグラスが握られているが、もちろん酒ではない。
もう誰も、グラスの中身はなんだと聞いてはこなかった。
話はさまざまな方向へと派生し、いまは狩野が持ち出した白洲氏の話題になって
いた。
「シロナガスクジラ氏撃退作戦、あれは実に楽しかった。
組み立てたシナリオどおりに事が運んでいくのを見るのは、なんとも快感
だったな」
「そうですね。白洲さんも、まさか僕らが関わって縁談をぶち壊したとは
思わなかったでしょうね」
「平岡、ぶち壊したんじゃなくて、そうなるように仕組んだんだよ」
「白州さんは珠貴さんに未練があるようですよ。彼女を諦めきれない。
もう一度会えないだろうかと相談されて、霧島さんも困ったそうです」
とは櫻井君の発言で、白洲氏と交友のある霧島君から伝わった話らしい。
「女性は気持ちの切り替えが早い。後ろを見ずに前に進むが、男は諦めが悪い。
思い切るのも、簡単にはいきませんから」
「えっ、じゃぁ、君もまだ、珠貴さんを……」
あっ、そうじゃなくてと沢渡さんの問いかけに、櫻井君は手を振った。
気になる言葉を聞き疑いの目を向けた私へ 「僕は前に進んでいます。後ろは
振り向かない主義なんです」 と、必死になって否定している。
そんな櫻井君をみながら、なぜか 「そうそう」 と平岡がうなずいている。
平岡と櫻井君は年齢が近く、それで親しくなったのかとその時は思った。
「まさかとは思うが、珠貴さんの過去の誰かが、週刊誌騒動に関わっている
なんてことはないだろうな」
「昔の誰かって、狩野、どういうことだよ」 と突っ込んだ私の言葉に
「ありていにいえば元彼ですか」 と具体的な答えを口にしたのは平岡で
「まぁ、そういうことだ」 と狩野が応じた
「昔の彼女を諦めきれない男が、マスコミを使って近衛宗一郎を陥れ、
除外したのち、彼女を自分のものにしようとしているとしたら……」
「おい、人ごとだと思って勝手な事を言うな。そんな男、どこにいるんだよ」
「さぁ、どこにいるかは知らないが、もしいたら、そいつが犯人かもしれないぞ。
近衛、珠貴さんから過去の男の話を聞いたことはないか?」
「ない!」
「なんだ、ないのか。一気に事件解決だと思ったんだがなぁ……」
残念そうな顔をした狩野の脇腹に、拳を一発見舞った。
遠慮がないとはいえ、とんでもないことを言ってくれるものだ。
不機嫌そうな私へ 「では、宗一郎さんの過去の女性かもしれませんね」 と
沢渡さんが冗談交じりに聞いてくる。
それもアリかも、そうかもしれないな、などと、みなみな口々に言い出し、
また討論が始まった。
賑やかな食事は夜遅くまで続き、次の会合は 『シャンタン』 で開催と決まった。
次回の会合もテーマは継続とし、初会合と食事会は幕を閉じた。