ボレロ - 第三楽章 -
4. mezza voce メッツァ ヴォーチェ (半分の声で)
「次は いつ会えるかしら……」
「近いうちに」
「本当?」
「あぁ、君を見つけたら合図を送る」
「この前のように? また柱に隠れるつもりでしょう」
「ふっ、まぁね」
「わかったわ。私もあなたを見つけるわ」
嬉しそうな顔が近づき、私の肩に触れる。
首筋をせりあがった唇が耳にたどり着き、そっとささやいた。
「俺に会ったと、誰にも言ってはいけない」
「わかってるわ……宗……」
名残おしそうに私の頬を包む手に、いっときの安らぎを求め目を閉じた。
もう何度同じ夢を見ただろう。
現実のようにリアルな声と、宗の手が感じられる夢の余韻は、朝の目覚めとしては
悪くない。
彼が夢の中で触れたであろう首筋に手をあて、彼の感触を探すのは私だけに
与えられた楽しみだから。
なぜ、宗はくり返し同じ事を告げるのか。
夢の中の出来事なのに、彼の言葉に何か意味があるのではないかと、私は考え
始めていた。
少し丸めた指先に控えめに手が添えられ、形よく重なっている。
腕を両脇で引き締め、背筋をピンと伸ばして立っている浅見さんの隙のない姿勢を
見ながら、指先の愛らしさが目を惹いた。
女性らしい仕草は、ともすれば近寄りがたい彼女の雰囲気を和らげている。
私の視線に気がついたのか、浅見さんが恥ずかしそうに手を握り締めた。
「手が大きいので、少しでも小さく見せたいのですが……コンプレックスを感じて
います」
「コンプレックスですか」
浅見さんが私の手元を見ながら、お綺麗な指ですねと言う。
自分でも手の形は悪くないと思っているし、むしろ気に入っている。
けれど、手元を気にしている彼女の前で自慢するつもりはなく、褒められた手を
隠すように握り締めた。