ボレロ - 第三楽章 -
宗の出現に驚いている浅見さんに宗から花束が手渡され、浅見さんは渡された
花束に顔を埋め、感激の面持ちだった。
一歩あゆみ寄った宗は、彼女の背に手を添え何かを告げている。
「おめでとう」 とでも言っているのだろう、はにかんだ顔の浅見さんが
目に入った。
「浅見君の誕生日と知ってプレゼントを届けに来たのか。宗一郎君も憎い
演出をするじゃないか」
「えぇ、そうね……」
浅見さんの背中に添えられた宗の手に、私は軽い嫉妬を覚えていた。
彼の優しい手は私だけのもの、他の人には触れて欲しくない。
それが例え信頼をあらわすものであっても……
ふっと小さなため息が出ていた。
こんな小さなことが気になるのも、宗に会えると思っていた思惑がはずれた
せいだ。
浅見さんなら、私を彼に会わせてくれるかもしれないと思っていたのに。
こんなに近くにいるのなら、私にも声をかけてくれてもいいのに……
あぁ、まただ、どうにもならないことを考えてしまう。
きっと今の私は、嫌な顔をしているに違いない。
「妬けるだろうが、今夜のところは浅見くんに花を持たせてやろう」
「妬けるなんて、そんなことありません」
「言い返すところが、すでにやきもちを焼いてる証拠だよ」
「いじわるね……」
「ははっ、見てごらん。浅見君の嬉しそうな顔、僕もプレゼントを用意
すればよかったかな」
帰り際に渡そうと用意していたプレゼントを、彼女に渡そうかやめようか
悩み始めていた。
どんなプレゼントも、宗が渡した花束にはかなわないような気がしたのだった。
「彼女、副社長の話ばかりしていたね」
「えっ?」
いや、なんでもない、と知弘さんはすぐに打ち消したが、その言葉は私の
胸に深く沈んでいった。
深夜の電話で、あのレストランに私もいたのよと、宗に伝えようとして言葉
をのみこんだ。
もしも 「知っていたよ」 と言われたら 「どうして会いに来てくれ
なかったの?」 と言ってしまいそうで、「知らなかった」 と言われたら、
浅見さんが言わなかったのかと彼女を責めることになりそうな気がしたのだった。
そうだ、あの場には堂本さんがいた。
きっと彼が 「人目に触れますので」 とでも言って、私と宗が会うことを
阻んだに違いない。
あぁ、なんて嫌な人だろう。
一日の終わりのシンデレラタイムの電話は、会えない私たちにとって貴重な
時間なのに、彼と話をしながらも、私の頭の中は有能な二人の秘書のことで
いっぱいだった。
「取締役会の会議が長引いて、眠気がきたよ」 などと話す宗の言葉も、
無理をしているのだろうと思われていたたまれない。
「会社の中に困った噂があるそうね」 とも聞けずにいた。
浅見さんが言うように、もしも噂が流れていても 「大丈夫だ、気にするな」
と宗は言うだろう。
彼のことが心配でならないのに、こんなにももどかしい思いをしているのに、
そばにいて力になることもできない自分の無力が哀しかった。
『珠貴に会いたいよ』
電話の最後の宗のひと言が、今の私の支えだった。