ボレロ - 第三楽章 -
「その小さなバスルームコレクションを、誰が持っていたと思う?」
「私が知っている人なの?」
「おそらくね。財界のパーティーで、会ったことがあるんじゃないかな。
俺も名前を聞いて驚いた。まさかあの人にミニチュアの趣味があったとはねぇ」
「早く教えて、どなたなの? 気になってしかたがないわ」
もどかしそうに詰め寄る珠貴の顔を見ているのも面白いと思ったが、彼女の必死な様子に、これ以上は口をつぐんでおけなくなった。
「柘植 (つげ) コーポレーション社長の、柘植真貴子さんだよ」
「えっ、柘植さんだったの!」
珠貴の驚きは、私の予想をはるかに超えていた。
その気持ちがわからなくもない、私も彼女の名を聞いたとき、自分の耳を疑ったくらいだ。
柘植さんと言えば、男性をしのぐ手腕で会社を急成長させ、いまや女性社長の筆頭と呼び声の高い人物でその働きぶりは ”猛烈” という言葉が当てはまる。
失礼ではあるが、繊細で優雅な世界であるミニチュアの趣味をお持ちとは、思いもしなかった。
「柘植さんにお会いしたことはあるが、顔つなぎ程度だったからね。
個人的にお会いしたいとコンタクトをとったが、俺の名前を聞いて、事業の話だろうと思ったようだ。
お目にかかって、実はアンティークの……と話を切り出したら驚かれたよ」
「そうでしょう、それで何と交換したの?」
「まぁ待って、順を追って話すから。
柘植さんが持っている、アール社の限定モデルのミニチュア家具を譲っていただきたいと伝えたら、投機目的ならお譲りできませんと断られた」
「わぁ、柘植さんも真のコレクターでいらっしゃるのね。ますますお会いしたいわ。それで?」
「そうじゃありません、贈り物にしたいのだと話したんだが、また断られた」
「賂 (まいない) にお使いになるのもお断りしますと、
そうおっしゃったでしょう!」
「その通りだよ」
相手に取り入るために、先方が欲しがっている趣味の品などを贈り、それによって利益を得ようとする者もいる。
大事なミニチュアが、そのような手段に使われるのは許せないと、柘植さんは毅然とした態度で私に告げたのだった。
「そうまで言われたら、事実を話すしかないだろう。
交際している女性に贈りたい。彼女が今一番欲しい物を探している。
そのためなら、労をいとわないとお伝えした」
「まぁ……柘植さんの反応は?」
「わかりました。それならお譲りしましょうと承知してくださった」
「すごいわ! えっ、でも、交換の品のお話はどうなったの?」
「君もせっかちだな。これから話すところだ」
機嫌を損ねていたことも私に不満があったことも忘れ、珠貴の興味は、私と柘植さんの取引に向けられている。
どのようにして手元にきたのか、どんな取引があったのか、何と交換したのか、彼女の頭の中は、あらゆる策が満ちているに違いない。
これだから彼女といると楽しいのだ。