ボレロ - 第三楽章 -
「マスコミが押し寄せることはなくなりましたが、それでも、通用口付近に毎日
数人ほどの姿があるそうです。ウチのホテルに近衛副社長のための法人契約
のお部屋があることは、公然の秘密になってしまいました。
宗一郎さんにプライベートはないのではないかと、狩野も心配しておりました」
「マスコミに追いかけられるのは、四六時中監視されているのも同じですものね。
でも、交際記事が中心になるのかと思っていたけれど、熱愛騒動はすぐに鎮火
したわね。
訂正記事を載せるくらいなら、もっと調べてから掲載するべきでしょう」
「美那子さんのおっしゃるとおりだわ。続いて珠貴さんと宗一郎さんの記事が
流れましたね。
会社の吸収合併のために女性に近づくなんて、そんなドラマみたいなこと本当
にあるのかしら。潤一郎さんも芝居がかっていると笑ってましたけど」
「私もそう思います。何か意図を感じます、上手くいえませんけれど。
珠貴さんと近衛さんのことを知っている人が妬んでいるとか、お二人の仲を
邪魔したいとか……」
「蒔絵さん、そうよ、彼らは邪魔したいのよ!」
美那子さんの大きな声に、みなさんの顔が彼女へと注目した。
「宗一郎さんと珠貴さんが仲良くなっては困る、そんな人物がいるんじゃない
かしら。だから、吸収合併のために珠貴さんに近づいたとか、宗一郎さんの
不評記事を流したのよ。
珠貴さんに想いを寄せる男性が、宗一郎さんを陥れるために画策したんだと
したら、すべて筋が通るでしょう? 私は、男性が犯人だと思うわね」
「では、こうも考えられますね。
宗一郎さんの不評記事が広まれば、須藤側のみなさまは近衛側を警戒なさい
ますね。ご家族の方々は、宗一郎さんに近づかないように珠貴さんに注意
なさるでしょう。
もしも、宗一郎さんに想いを寄せる女性がいたとしたら、これは願ってもない
ことです。
噂ひとつで、宗一郎さんから珠貴さんが離れていくんですもの。
お二人の距離が遠ざかるのは時間の問題ですから、成り行きを見守っていれば
いいのではないでしょうか」
佐保さんの理路整然とした説明に、感心する声が漏れた。
「企業合併はカモフラージュで、一連の騒動に恋愛が絡んでいるとしたら、
男性に解決は難しいですね」
「えぇ、真琴さんのおっしゃるとおり、男の方は事業妨害や企業間のトラブルが
原因だと考えるでしょう。まず恋愛には結びつけませんね。
狩野など複雑に考えすぎるところがありますから、きっと今ごろ、近衛さんの会社
や珠貴さんの事業について懸命に調べているかもしれませんわ」
「面白くなってきたわね。ねぇ、珠貴さん、男性に心当たりは?」
急な問いに、いいえ……と手を振って否定したが、思い当たる人物を思い出し
「あっ」 と声をあげてしまった。
私の小さな反応を見逃さなかったのは蒔絵さんだった。
「どなたか気になる方でも?」
「そうね、気になるといえば気になるわね。でも、彼はもう……いえ、私の思い
過ごしかも」
ぜひお聞きしたいわとみなさんに言われ、もしや……と思い当たった岡部真一の
話をした。
以前、彼が私の婚約者候補であったこと、『SUDO』 に入社したものの、重圧に
耐え切れず私の元を去ったこと。
そして、つい最近、再会したことも。
彼は、現在は有馬総研に勤務していることなど、淡々と話したつもりだったが、
感情を抑える難しさは容易ではなかった。