ボレロ - 第三楽章 -
「珠貴さん……辛い思いをなさったのね」
「過ぎてしまえば辛さも忘れました」
無理に笑った顔が、みなさんには痛々しく見えたに違いない。
美那子さんの気持ちを添わせてくださる言葉が嬉しかった。
「でも、どうでしょう。ご自分から去った方ですから、いまさら珠貴さんともう
一度……なんて考えるかしら」
「私も佐保さんと同じ意見です。でも、有馬総研の名前が気になるわね」
有馬総研にはよくない噂があると美那子さんが話すと、真琴さんが私もそのよう
に聞いていますと言う。
「あの、よろしいでしょうか」
美野里さんが控えめに聞いてきた。
彼女が質問するとは意外だった。
「岡部さんは、有馬総研の経営アナリストの方ですね。今年の春頃は、有馬総研
にいらっしゃいましたか?」
「去年入社したと聞きましたから、そうだと思います。何か?」
「私、半年ほどですが、厚生労働省の外郭団体の仕事を手伝ったことがあり
ます。そのとき有馬総研の担当をさせていただきまし、 名簿の確認作業を
したのですが、岡部さんとおっしゃるアナリストの方の記憶がありませんの。
私の母方の苗字が岡部姓ですから、同じ名前があれば記憶に残るはず
ですが……」
「えっ、彼の名前がない……」
「事務所に友人がおりますので確認してみますね。少しお待ちください」
ほどなく返事があり、有馬総研の経営アナリスト名簿に岡部姓はないという
ものだった。
彼はウソを言ったのか。
なぜ?
また疑問が広がってきた。
「珠貴さん、この件はハッキリさせましょう」
美那子さんの言葉に、私は大きくうなずいた。
美野里さんと美那子さんが、有馬総研の内部を詳しく調べてくださることになり、
ほかのみなさんも、それぞれの立場から情報収集をしてみますと心強い言葉が
あり、私は感謝の気持ちでいっぱいだった。