ボレロ - 第三楽章 -
「適正価格で譲ってくださるとおっしゃったが、それでは申し訳ないと思った。
大事な品を譲ってもらうんだ、お礼の気持ちを上乗せしたくてね。
なにかいい案がないかと考えていたとき、柘植さんのデスクに
ペーパーウェイトが見えたんだ。
ペーパーウェイトにもコレクターがいるのを知ってる?」
ペーパーウェイトと聞いて、珠貴の顔がほんの少し曇った。
気になることでもあるのだろうかと、彼女の顔に引っかかりを感じたが、曇り
顔もほんのつかのま、何事もなかったように表情を戻した。
「そうみたいね。コレクターは男性が多いそうですけれど……」
「ミニチュアの世界と同様、限定モデルは、それこそ法外な価格で
取引されている。
柘植さんのデスクにあったのは、ローズ社の限定モデルの一つだった」
「宗、ペーパーウェイトに詳しいのね。知らなかったわ」
「詳しくないよ。たまたまローズ社の限定モデルを持っていただけで、
使ったこともない。付き合いで買わされたんだ。君にも経験があるだろう、
付き合いや義理で取引相手の商品を購入することが」
「あるわ。それがペーパーウェイトだったのね」
「そのシリーズ、私も持っていますよと話したら、どんな形か、色は?
と聞かれて詳しく話したら、柘植さんの親しい人がコレクターで、
その人のために探していた品だというじゃないか。
それで、交換条件が成立さ。こんな偶然もあるんだね。
仕方なく付き合いで購入した品が欲しいものと交換できたんだ。
すごいと思わないか」
わぁ……と嬉しそうに珠貴は拍手をしながら 「本当ね。すごいわ」 と惜し
げもなく褒め言葉が続いた。
「宗も柘植さんも、贈り物のために探してた品物が、
めぐりめぐって手元に届いたのね」
「実は……柘植さんに、誰に贈るのかと聞かれた」
「あら……」
「君が感じたように、同じコレクタターとして話をしてみたいとおっしゃって、
このモデルの価値がわかる方なら、楽しい話ができるはずだと言われてね、
君の名前を言っていいものか迷ったが、柘植さんになら伝えてもいいと思った」
「私の名前をお伝えしたのね」
「須藤社長のお嬢さんだとご存知だった。結婚はいつかと聞かれて困ったよ。
だから、このミニチュアを持ってプロポーズするつもりだと言ったら、
やけに感激された。
思いつきで言ったことだったが、相手の気持ちを動かすには、
なかなか効果的な演出だろう?」
「まぁ、宗もうそつきね。そんなこと言って、演出しすぎよ。
あら? でも、宗、私にプロポーズしてくれたかしら? うーん……
そうねぇ、なかったわね。記憶にないもの」
「いまさら何を言ってる。とっくに……」
とっくに言ったじゃないかと言おうとして、そこで言葉が止まった。
彼女にはっきりと告げた記憶がなかったのだ。
珠貴の顔をそっと盗み見ると、問い詰める目が私をじっと見ている。
視線が合い、あわてて目を逸らしたが、腕をつかまれ逃れなれなくなった。
なんてことだ、せっかくいい調子で進んできたのに……