ボレロ - 第三楽章 -
翌々日、疲れきった顔の知弘さんから、一枚の招待状を渡された。
どうしてもはずせない席なので、代わりに出席してもらえないだろうかと言う。
「今夜は香取の義兄に呼ばれているんだ。義兄だけなら何とかなるが、あの姉さん
がいるからね。
どうにでも僕の気持ちを変えさせたいらしい。こうなったら持久戦だよ」
「誰が加奈子叔母さまに進言したのかしら。腹立たしいわね。 知弘さん、大丈夫?
お顔の色が悪いわ」
「姉さんが言うには、須藤の家のためを思ってくださる方の忠告らしいが、そんな
忠告を聞くつもりはない。適当に聞き流してくるよ」
そう言って力なく笑う知弘さんの顔が痛々しい。
「急なことだが今夜なんだ、雑多におわれて失念していた。珠貴、行ってもらえる
だろうか」
「そうねぇ、行けないことはないけれど……」
招待状に書かれた 『さよならパーティー』 の文字が目を引いた。
老朽化したビルはまもなく解体が決まっているが、その前に華やかにお別れの会を
したいというのが主催者の意向で、かつてビルに事務所をかまえた企業を中心に
招待状が配られたそうだ。
知弘さんはビルの持ち主と長年の付き合いがあり、今夜の会は大事な席でもあり
欠席はできるだけ避けたいということだった。
知り合いもいないパーティーは退屈だろうと思われたが、知弘さんの思いもわかる
だけに行ってもよいと思った。
「よろしいでしょうか」
「うん? 浅見君、どうした」
「今夜となりますと、女性のお仕度は難しいのではないでしょうか。この時間では
美容院の予約もかないません。ドレスの準備や小物などは、急ぎお宅へ取りに伺う
ことも可能ですが、正式なパーティーですので、向こう様に失礼のないように
いたしますには、備だけでもかなりの時間を必要といたします」
「女性の支度まで考えが及ばなかった。そうか、無理か」
「いいえ、大丈夫よ。美容院は必要ないわ。私の髪はどこに行くのもこのままなの。
ショートカットの利点ね。
ドレスや小物はすぐにそろうわよ。これまで何度か同じようなことがあったの。
社長の代理で出席しなければならない席がほとんどですから、いつでもパーティー
に出席できるだけの準備は整っているわ。だからご心配なく、私が代理で伺い
ます」
「頼もしいね、さすがだよ。では頼むとするか。浅見君、花束の用意をしてくれ
ないか」
かしこまりましたと浅見さんは頭を下げたが、彼女の顔色がいまひとつ冴えない。
無理ではないかと申し出た彼女の意見を覆し、大丈夫ですと言った私の言動が、
彼女のプライドを傷つけたのではないかと気になった。
心配していただいたのにごめんなさいね、と伝えようとしたところ、先に浅見さん
から言葉があった。
「私にもお手伝いさせていただけないでしょうか。室長おひとりではご負担が
大きすぎます」
「まぁ、ありがとう。ぜひお願いします」
浅見さんの顔色が優れなかったのは、私を気遣ってのことだった。
彼女の行き届いた心配りがありがたかった。