ボレロ - 第三楽章 -
「どこに行くの?」
「屋上だ」
「屋上に何かあるの?」
「いいや、なにもない。だから行くんだ。誰にも邪魔されたくないところだからね」
屋上に吹く風は冷たかった。
頬をなで耳をかすめる冷たい風に体が震えてくる。
けれど、屋内のよどんだ空気から解放され、心地良さが上回っていた。
宗の手が私を抱きしめる。
「温かいわ……あなたは寒いでしょう」
「いや、珠貴が温かいからね」
「あれは、なぁに?」
屋上に引かれた線が目に入った。
「ヘリポートだよ。このビルが建てられた頃、ヘリポートのあるビルは珍しかった
そうだ。
だが、一度も使われたことはないと聞いている」
「そうなの……作ったけれど無駄になってしまったわね」
「そんなことはない。非常時の備えだ。備えは人々の安心につながる。
無駄になるなんて、そんな考え方は君らしくないね」
「私らしいってなぁに? 前を向いて堂々としていること? それとも強さかしら。
いつもいつも、そんなに力を入れているわけじゃないわ。弱い時だってあるのよ」
「当たり前だ、完全な人間などいない。だが、今夜の君はどこか違う。なにかあった
のか?」
強い風が吹き、宗の手がさらに強く私を抱いた。
この手に守られてきた。
けれど、守られてばかりではいけないのだと私は気がついたのだ。
「ねぇ、聞いて」
「うん……」
「はじめたことをやめるのも、勇気がいるわね」
「あぁ、前に進むより、やめるエネルギーの方が大きいそうだ」
「じゃぁ、それが出来るのはすごいことね」
「そうだね。そう思うが……珠貴、何を言いたいんだ。そろそろ聞かせてくれないか」
私を抱く宗の腕をしっかりと握り締め心を決めた。
「このままではいけないと気がついたの。想いを貫くことで周りを不幸にしては
いけないわ。自己犠牲も必要だと思うの」
「自己犠牲などそんな必要はない。目指すものに向かっていけばいいじゃないか。
それのなにがいけないんだ」
「それじゃだめなの。やっと気がついたの……だから聞いて。私、決心したの」
「……それ以上、聞きたくない」
「お願い、聞いて」
「今夜の君は、何かにとりつかれてれてしまったようだ。帰ろう」
「待って、最後まで聞いて。聞かせてくれといったのはあなたよ」
「嫌だ、聞きたくない」
「宗……ここで終わりにしましょう」
私の声を聞いた宗の顔は恐ろしく強張っていた。
怒りで拳が震えている。
けれど、彼の怒りも悲しみも想定していたことだ。
考え抜いて達した結論を伝えられたことで、私は達成感に浸っていた。