ボレロ - 第三楽章 -


「君は惑わされている。冷静になれ」


「そんなことはないわ、冷静よ」 


「負のスパイラルに取り込まれているのがわからないのか!」



負のスパイラルですって?

私が?



「いまは何を言っても素直に聞けないだろう。この話はまたにしよう」


「待って、いまが大事なの。どうしてわかってくれないの?」


「わからないね」



怒りをみなぎらせた顔のまま、私の腕をつかむと階段へ続く扉を目指して歩き

出した。

宗の乱暴な手には愛情のかけらもない。

私の腕をつかんだまま、もう片方の手が扉に手を掛けドアノブをまわす。

ガチャガチャとドアノブをまわす音が響くだけで、一向にドアは開かない。



「どうした……なぜ開かない」


「鍵が壊れたのか?」


「いや……誰かを呼んで開けてもらわなければ」


「堂本さんはダメよ。あの人は信じられないわ」


「君は堂本を疑っているのか?」



はぁ…… 彼の口からため息がもれ、白い息となって闇に漂った。

気温がかなり低くなっている。



「彼が信じられる人間なのか、そうでないのか、堂本の行動が証明してくれる」



宗は私の言葉に耳を傾けるつもりはないようだ。

携帯をとりだし堂本秘書を呼び出そうとしている。

宗の手が操作を始める寸前、着信音が響いた。



『よかった、電話をしようと……どこにいるかって? 屋上にいる。彼女も

一緒だ……』



どうしたのだろう、宗の声は危機感を含んでいる。

電話の相手は堂本秘書らしく、屋上にいるがドアが開かずに困っていると伝えて

いた。



『鍵をかけられたようだ。外からは開かない。上がって来てくれないか』
   


鍵をかけられたと彼は言った。

誰が? いったいいつ?



『できない? どうして……えっ、なんだって……いや、そんなに待てない。

寒さを防ぐ場所がない。この寒さでは低体温になってしまう』



どうしたの? ねぇ!

我慢ができず宗に詰め寄った。



「階下で電気系統のトラブルがあったそうだ。パーティーの客も避難を始めている。

エレベーターも止まっている。上にあがる階段は、防火シャッターが降りて封鎖

されているらしい」


「そんな……私たち、どうなるの?」


「待て……絶対に方法があるはずだ」



顔に手をあて、必死の形相で考え込む宗の姿は鋭さに満ちていた。

助かる方法を模索しているのだろう、屋上のフェンスを睨みつけている。 

屋上を吹き抜ける風はより冷たさを増してきた。

寒さをしのごうと両腕を抱え込んだが、寒さを防ぐ事はできなかった。

宗の腕が私を抱え込む。



「そうだ! ヘリだ、ヘリを飛ばすんだ!」


「ヘリコプターを? ここへ?」


「あれが役立つんだ。無駄じゃない」



ヘリポートへ視線を向けてから、携帯に向かって叫んだ。



『堂本、すぐにヘリを用意しろ。急いでくれ!』



宗の大きな声が屋上に響き渡った。


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