ボレロ - 第三楽章 -
5, moto モート (動き 進行)
ビルを吹きふける風は容赦なく体温を奪っていく。
薄いドレス一枚の珠貴を抱きかかえ体をさするものの、さほどの効果はなく気休め
でしかない。
風を防ぐために壁に身を寄せてはいるが、彼女の口は寒さで震え唇は色を失って
いた。
パーティー会場を抜け出し屋上に来た私たちは、階段に通じる扉が開かず
屋上で立ち往生した。
その頃ビル内では電気系統のトラブルからパーティの続行は不可能となり、招待客
は避難をはじめていたようだ。
私の所在を探していた堂本秘書の電話により、屋上にいることは伝えられた。
だが、エレベーターも止まり、防火シャッターの作動で上階への通路がふさがれた
ため、ビル内からの助けは望めない状況に追い込まれていた。
屋上に設置されたヘリポートに気がつき、空からの救出を思いついた私は堂本に
ヘリの手配を指示した。
夜間飛行が難しい事は承知していたが、ここには夜間照明も設置されていること
から、着陸は可能ではないかと望みをかけたのだった。
こちらの状況を出来る限り伝え、堂本の返事を待った。
その間、平岡に連絡をとり現状を伝え、知弘さんや父への連絡ほか、さまざまな
手配を頼んだ。
さらに身を振るわせる珠貴を抱き、限りなく体を密着させ頭を抱え込んだ。
ショートヘアからのぞく耳は氷のような冷たさになっている。
唇をあて冷え切った耳を温めながら、大丈夫 絶対に助かる……と、耳元に何度も
告げた。
堂本から二度目の着信が入った。
『手配はできたか』
『できました。すぐ飛行準備に入るそうです。ビルからどちらに向かいますかと
聞かれました。夜間ですので、着陸地にも制限があるそうです』
『パイロットに任せると伝えてくれ。着陸地が決まったら、そこに防寒具など体を
温めるものを用意して欲しい。珠貴に低体温の症状がでているんだ』
『ドクターを派遣しますか』
『うん、頼む……待て! 沢渡さんの病院にもヘリポートがあったはずだ。ここからも
そう遠くない。着陸できないか確認してくれ。いや、沢渡さんには俺から連絡する。
招待客は俺たちが屋上にいることを気がついているか』
『いいえ、この騒ぎですからどなたもご自分のことだけで』
『頼みがある。今川会長にお会いして、私と珠貴が屋上からヘリで脱出することを
伝えてくれ。それから、二人の名前が表に出ないようにして欲しいと、私が言って
いたと伝えてくれないか』
ビルの持ち主である今川会長は祖父の親しい友人で、私たち兄弟も幼い頃から
よく知っている。
スケールの大きな人物で万事が派手であり、今回の 「さよならパーティー」 も
招待客は正装で出席という華やかな席になっていた。
正装した男女が避難し道にあふれれば、ビルで騒ぎがあったことはほどなく周囲に
知れ渡るだろう。
そこへ爆音とともにヘリが飛んでくれば、屋上に残された客がいたと誰もが気が
つき、誰が取り残されたのか、ヘリで脱出したのかと関心を持つはずだ。
マスコミがかぎつける前に、一刻も早く飛び立たなければならない。
私と珠貴がその場にいたと知られないためには、今川会長の協力が必要だった。