ボレロ - 第三楽章 -


堂本との電話のあと、沢渡さんに連絡を取った。

折りよく沢渡さんは勤務中で病院内におり、私の話を聞き、まず珠貴の症状を心配

した。

細かい注意を私に伝え、しばらくの辛抱だ、気持ちをしっかり持てとの声が心強

かった。



『ウチのヘリポートは夜間飛行に対応していない。夜間照明を取り寄せる事も出来

るが時間がかかるな。狩野君のホテルはどうだろう。ヘリポートもある。すぐ確認

して折り返し連絡する』



狩野に連絡してみますと言う私に、携帯のバッテリーの消費を控えた方がいいと

アドバイスをくれた沢渡さんは、私に連絡を待つように言い電話は手短に切れた。

沢渡さんからの返事はメールで届いた。

狩野のホテルがヘリを受け入れることになり、飛行会社へ受け入れ先は連絡済で

あること。

沢渡さんもホテルに向かっており、珠貴の体調に変化があれば、すぐに知らせる

ようにと書かれていた。


堂本からもメールが届き、折り返し返事を送った。

『今川会長から、すべて承知したと返事を頂きました。ヘリはほどなく到着の予定

です。浅見さんも救出されました。以上です』

『承知した。ご苦労だった。足元が不安だろう、君も気をつけて行動してくれ』


あとはヘリの到着を待つばかりだった。

連絡のあいだ片手で抱いていた珠貴の体を、両手でしっかり抱きしめた。

血の気を失った彼女の頬に私の頬を重ねた。

ひんやりとした肌の感触が、珠貴の体の状態があまり良いものではないと語って

いる。

もう少しだ 大丈夫? と聞くと、言葉はなく頭だけが小さく動いた。



「このまま黙って聞いてほしい……君の気持ちが、そこまで追い込まれていたとは

思わなかった。もっと君の話を聞くべきだった。もっと話し合うべきだった。

気づいてやれなかった自分が腹立たしいよ」



腕の中の頭が小さく振られた。

そんなことはない、というように……



「珠貴……さっき、想いを貫くことで周りを不幸にすると言ったね。自分の犠牲が

必要だと。俺はそうじゃないと思う。不幸な思いを抱えたまま、周りを幸せに出来る

とは思わない。まずは自分の想いを貫いて、想いをとげて、周りの人々を幸せに

みちびけばいい。

俺は……終わりにするつもりはない。立ち止まるつもりもない。

そんなことは絶対にさせない」 



私の話を聞き終えても珠貴はじっとしていた。

小さな嗚咽が聞こえてきたのは、それからしばらくたってからだった。 

腕の中で静かに泣く背中を何度もさすった。

返事はなかったが、私の想いは伝わったと思った。



暗闇の奥から轟音が響いてきた。

騒ぎを聞きつけてビルの周囲に大勢の人が集まる中、屋上に降り立ったヘリコプ

ターは私と珠貴を乗せると、都会の夜空に飛び上がった。



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