ボレロ - 第三楽章 -



沢渡さんの顔は、君たちはまた厄介ごとにまきこまれるのかと心配する顔でも

ある。 

大丈夫ですよと平気な顔をしたが、狩野はリポーターはしつこいぞと追い討ちを

かけてくる。 



「そう易々と情報が漏れるものか。珠貴は急遽知弘さんの代理で出席したんだ。 

招待者名簿に彼女の名前はない」


「客が覚えているかもしれないじゃないか」


「あの騒ぎだ、誰が誰かも覚えていないさ」


「ヘリから足がつくかもしれない。昨日のヘリは、近衛グループ系列の航空会社

だろう。

近衛グループの名前から、おまえにたどり着くかもしれない」


「夜空に飛ぶヘリが、どこの航空会社の所属かと気にするヤツなどいない。 

なぁ狩野、やけに突っ込むじゃないか。おまえ、俺が困るのを見たいのか?」


「そんなことはない」 

 

手をふりながら否定しているが、その様子はどこか面白がっている。

こんなときの狩野は、友人の気安さから悪乗りする癖がある。

狩野を睨みつける私に、沢渡さんまで不安を煽るような事を言い出した。



「狩野さんが言うように、ヘリから足がつくかもしれませんね。 

昨夜、ホテルにヘリが降りたのを従業員は知っているでしょう。宿泊客も気が

ついたはずです。

昼ならまだしも夜間飛行は滅多にない。ワイドショー、はヘリの行き先は

わからないと言っていた。もしかしたら……」


「あのヘリがここに降りたと結びつけるかもしれない……なるほど、ありえるな」


「狩野、ホテルのマスコミ対策は万全だろうな」


「もちろんだ」



絶対にもらすなよと言うように、ふたたび親友の顔を睨みつけた。

ほどなく漆原さんが到着して、帰ろうとしていた沢渡さんは、また腰をおろした。

「病院はいいんですか?」 と聞くと 「僕の代わりはいくらでもいるよ」 

といいながら、のんきにコーヒーの二杯目を頼んでいる。

腰をすえて漆原さんの話を聞くつもりらしい。

見ましたか? と、これまた漆原さんが面白そうな顔で聞くので 「うん」 と

不機嫌にうなずいた。



「宗一郎さん、ワイドショーの話題を利用しませんか。かなり効果的だと

俺は思いますね」


「利用する? よくわからないな、なにが効果的なんですか」


「ナゾの男女は誰なのか……この話題に便乗して、雑誌でも大きく取り上げて

もらうんです」


「また根も葉もない憶測が流れるだけだ」


「だから、こちらから正しい情報を流すんですよ ”屋上から美女を救ったのは、あの近衛宗一郎だった” と」



漆原さんの言葉に耳を疑った。

今しがた情報がもれないようにと、狩野にも念を押したばかりだというのに、よりに

よって昨夜の事実を広げようとは、どういうことだ。



「情報を流す目的は?」



聞いたのは沢渡さんだった。

狩野も仕事に戻らず、話に参加している。


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