ボレロ - 第三楽章 -
「屋上に取り残された女性が、何かと話題にのぼっている 『SUDO』 の社長令嬢
須藤珠貴さんであり、
個人の判断で夜間飛行のヘリを飛ばして彼女を救ったのが、これまた話題の
近衛宗一郎氏だとわかったら……読者の反応はどうだと思いますか」
「『SUDO』 を狙っていると噂される近衛グループの副社長が、目的があって令嬢
に近づいたという記事は、真実ではなかったのではないか……と思うね。
うん、僕ならそう考える」
「この二人、本当は付き合ってるんじゃないかとも、読者は思うだろうね」
「狩野さん、それ、それ、それですよ。読者の興味は絶対そっちにいきますね。
近衛宗一郎氏は、目的があり女性に近づくような悪い男だと思われていたが、
実はそうではなく、二人の交際は本物だった! と思わせるのが目的です。
どうです、かなり効果的でしょう」
「そんなに上手くいかないよ。だいたい、どんな情報を流すつもりですか」
これです、と漆原さんが取り出した写真に、みなの顔が一斉に変わった。
差し出された写真には、ヘリから降りた私が珠貴を腕に抱きかかえて歩いている姿
が、真正面から写されていた。
「いつのまに撮ったんだ……」
「そりゃ、昨日屋上に待機して、正面からバッチリ撮らせてもらいました。
このアングルと構図、かなりいいと思いませんか。俺にとっても久々に快心の一枚
になりましたね。
タキシードの男性がドレス姿の女性を横抱きにして歩いている図なんて、滅多に
お目にかかれませんよ。読者は絶対飛びつくと思いますね」
「絵になるじゃないか。お姫様を危険から救った王子様そのものだな。あはは……
こりゃいい」
「笑うな、マスコミ対策は万全じゃなかったのか!」
私の声に身を縮めたのは狩野だけでなく、漆原さんも気まずそうな顔をして肩を
すくめ、ですから勝手に記事に載せるようなことはしませんから、と弱気な声に
なっている。
「宗一郎さん、これは確かに効果的かもしれませんよ。今までの不評記事を払拭
できるかもしれない。珠貴さん側にも、いい印象を与えるんじゃないかな」
「そうかもしれませんが……」
沢渡さんが言うように、効果的な一枚だとは思った。
だが、彼女を抱きかかえて歩く画像が世の中にでるのかと思うと、恥ずかしさが
先にたち、どうにも許しがたい。
「写真を雑誌を載せるタイミングが肝心だな」
「できるだけ効果的に使いたいですね」
「ここぞと思えるときまで待ったほうがいいでしょう。しばらく様子をみますか……」
恥ずかしさに苦悩する私のことなど気にすることなく、沢渡、狩野、漆原の三氏は、
雑誌の写真掲載を前提にそのタイミングを話し合っている。
この一枚が世の中に出回るのは避けられないようだ。
「写真週刊誌に情報を流した人物ですが、雑誌社にメールを送ったことがわかり
ました。
メールには宗一郎さんが女性たちと会う日時場所が記されていて、それをもとに
記者が張り込んだそうです。
いつもなら、裏を取って確実だと判断しなければ張り込みに動かないそうですが、
あまりにも内容が詳細で、こんなに正確な情報は滅多にないそうです」
「俺の行動を把握している人物、ということになるな……」
「スクープされた当人たちと、親兄弟は除いていいだろう。
残るのは近衛のスケジュールを管理している誰か……ということか」
「メールの文章がきっちりしていて、文書を書きなれた人物だろうということでした。
文面から送信者は男ではないかとも言ってましたが、これは断言できないそう
です。送信元は、おそらくネットカフェでしょう」
どうやって情報を手に入れたんですかと聞いた沢渡さんに、この業界は持ちつ持た
れつなんですよと、漆原さんはニヤッと笑った。