ボレロ - 第三楽章 -
無理にでも休んでもらいますと平岡に脅迫され、私は珠貴と同じくホテルの一室で
過ごす事になった。
漆原さんと沢渡さんが帰ったあと、珠貴の部屋を訪ねた。
私の訪問を出迎えてくれたのは、予想通り彼女の母親だった。
「昨夜は大変お世話になりました。おかげさまで珠貴も無事に……」 そこまで言
うと、こみ上げるものがあったのか言葉が途切れた。
「彼女の体調はいかがですか」
「心配はないそうです。今朝も、沢渡先生が様子を見に来てくださいました」
「そうでしたか……」
挨拶がすんでもドアの前に立ったままだった。
珠貴はまだ臥せっておりますので、と暗に遠慮して欲しい口ぶりだったが、このまま
中へ通してはもらえないのでは話も聞けない。
思い切って、会わせてもらえないだろうかと口にした。
「ですが、本人がどうですか……着替えてもおりませんので」
人に会う格好ではないので、というのが母親の言い分だった。
それでも引き下がらない私を見てしばらく考える顔になっていたが、奥から
「お通しして」 と珠貴の声がして、私は入室を許された。
通されたのはベッドルームではなかった。
臥せっているはずの珠貴は起きており、服の着替えもすんでいる。
偽りを言ったことにうつむいている母親へ、珠貴の凛とした声がかけられた。
「宗一郎さんと二人で話をしたいの。お母さまは遠慮してください」
「えぇ……では、私は失礼いたします……」
重い足取りで部屋をでる母親の背中を見送った。
ドアが閉まる音が聞こえると、珠貴は私へ向かって頭を下げた。
「昨日はありがとうございました……おかげで……」
他人行儀な挨拶をする彼女を、言葉が終わる前に引き寄せ抱きしめた。
冷たく凍るようだった耳は血の通った色になり、色を失っていた唇には朱色が
さしている。
抱いた背中に温かみがあり、人肌のぬくもりが伝わってきた。
「ふぅ……珠貴と一緒に戻ってきたんだな。やっと実感がわいた」
「ごめんなさい。私、自分のことばかり……」
「もう忘れたよ」
体だけでなく、珠貴の心も私の元に戻ってきた。
後悔の涙がにじんだ目がいじらしく、なおも謝ろうとする口をそっとふさいだ。