ボレロ - 第三楽章 -
南に面した窓から秋の柔らかな日差しが注ぐ部屋で、珠貴と一緒の時間を過ご
した。
人払いをするように母親を追い出してしまった後ろめたさを感じながらも、手を
のばせば届く距離に珠貴がいることが嬉しく、心が寄り添う時を取り戻せたことは
何よりの喜びだった。
私が話す友人たちからもたらされた報告を聞く顔は真剣そのもので、涙が滲んで
いた目も、哀しみに覆われ沈んでいた顔も、もうどこにもない。
「……これは漆原さんから届いた情報だ。以上が現在わかっていることだ」
「写真については漆原さんにお任せします。少し恥ずかしいけれど、あの方なら
効果的に使ってくださるわ。
それから……みなさんがおっしゃるように、堂本さんと浅見さん、この二人に
絞られるのでしょうね」
「俺の行動を把握している、誰かであるのは間違いない」
「えぇ、そうね。平岡さんや真琴さんではないでしょうから……メールの文面が
男性かもしれないということは、堂本さんなのかしら」
「君は彼が信用できないと言ったね。どうしてそう思ったのか、聞かせてくれ
ないか」
珠貴はしばらく考え込み、それから思い切ったように顔をあげた。
その目には、彼女らしい意思をもった強さが戻っていた。
「堂本さんは、あなたが柘植さんや小宮山さんにお会いすることも知っていた。
それだけじゃない、知弘さんの元で仕事をしていた人ですから 『SUDO』 の事情
にも詳しいわ。
彼なら週刊誌に詳しい情報を流せるでしょう」
「それなら、浅見君にも同じことが言えるんじゃないか? 彼女も俺たちのスケ
ジュールを把握している。
なにより 『SUDO』 の現在の内情を知っている。堂本より詳しいだろうね」
「そうね。でも、堂本さんは隠し事をしているわ。大事な事を私たちに伝えてい
ないの」
「隠し事?」
「本社の中で、さまざまな憶測が流れていると聞きました。
雑誌の記事がもたらした会社の評判は芳しくないそうね。副社長の責任問題に
発展しそうだとか。中には、あなたの資質を問うものもあるそうよ。
私がこれだけのことを知っているのに、堂本さんから知弘さんへ、そんな報告は
ないのはどうしてだと思う?
彼に思惑があるからではないかしら。そうでなければ、真っ先に知弘さんに伝える
べきでしょう」
「……君は誰からそれを聞いたんだ」
「浅見さんよ」
「浅見君か……副社長の責任問題ってのは、いかにもありそうな話だな」
「あなたの立場が危ういのに、他人事みたいに言わないで。
取締役の方々の中には、あなたに退陣を要求する動きもあるそうよ」
「初めて聞いた」
「まさか、私にまで隠すつもり?」
「隠してないよ。本当に初めて聞いたんだ」
私の返事に意外そうな顔をしたが、その顔はやがて眉を寄せた。
「そう……あなたにも本当のことは伝えられていないのね」
「どういうことだ」
「余計な雑音を耳に入れないために、事実を伝えない方がよいと判断したの
でしょうね」
「誰がそんな気遣いをするんだ」
「それは、平岡さんや真琴さんや堂本さんでしょう。あなたの一番近くにいる人
ですもの」
「じゃぁ、なぜ俺が知らないことを珠貴が知ってる」
「私が無理に聞いたの。浅見さんの様子が気になって。だから、隠さず教えてく
ださいと頼んだのよ」
取締役が私を退陣に追い込もうとしている動きがあるなどとは、まったくもって初耳
だった。