ボレロ - 第三楽章 -
そこまで話が大きくなっているのなら、聞こえてこない方が不自然だが……
珠貴の話では、浅見君は本社にいる友人から聞いた情報だという、
彼女の友人が誰であるのかわからないが、本社内部に私も知らない噂が流れて
いるのであれば、早急に事実を確認する必要がある。
心配をかけないために私の耳に入れないということは、充分に考えられる。
以前、浅見君が私の婚約者候補と噂されたものも、平岡や浜尾君が私を気遣って
噂を伏せたため、私の耳には聞こえてこなかったのだから。
「堂本を疑う理由は、ほかには?」
「ほかにはと言われても……堂本さんの言葉が信じられないと思ったら、彼のすべ
てが怪しく感じられるわ」
「わかった。では、浅見くんを信用する理由は?」
「宗は浅見さんを疑っているの?」
「その返事はあとだ。まず、俺の質問に答えて」
「彼女は、私が知りたい事をすべて教えてくれたの。
浜尾さんは彼女に余計な事を言ってはいけないとおっしゃったそうだけど、
浅見さんは、そうは思わない、事実を知るべきだと言ってくれたわ。
私はいずれ副社長のそばにいる人になるのだから……知っておくべきだと言って
くれたの。私たちを陥れようとする人がここまで話すかしら。もし浅見さんに何
らかの思惑があれば、隠そうとするはずよ」
「君の考えはわかった。そうか……」
浅見君が珠貴に言ったことは間違ってはいない。
すべてを知っておく、それも大事だろう。
それらを聞いて、正しいのか正しくないのか、必要か必要でないかは自分で判断
すればいいのだ。
だが、浅見くんが珠貴の耳に入れた事柄は、不安を煽るものばかりだった。
それに珠貴は気がついていない。
果たして、浅見くんは意図して珠貴へそれらを伝えたのか、忠誠心からなのか、
わかりかねるところだった。
そして、もうひとつ、彼女を疑う理由が私にはある。
昨夜、あの騒ぎの中、珠貴へ連絡がなかったことだ。
堂本が私を探していたように、浅見くんも珠貴を探し居所を確認するべきなのに、
私たちが一緒にいるあいだ彼女から連絡はなかった。
なぜ連絡がなかったのかと聞くと、こんな答えがかえってきた。
「昨夜は彼女も大変な目にあったそうよ。私たちを探している最中に防火シャッター
が下りて、閉じ込められたんですって」
「閉じ込められたって?」
「えぇ、目の前でシャッターが閉まって、そこから動けなくなったらしいの。
きっと私たちを探すどころじゃなかったのね」
そうか、それで堂本のメールに 「浅見さんも救出されました」 と書かれていた
のか。
珠貴の説明のつく返事に納得しながら、それでもまだ浅見くんへの疑惑は晴れな
かった。
何かが引っかかるが、それが特定できずもどかしい思いを抱えていた。
「先ほどのお返事をください」
「さっきのって、なんだったかな」
「とぼけないで。あなたが浅見さんを疑っているのかということです。どうなの?」
「うーん。半分……というところかな」
「答えになってないわ。疑っているのかいないのか、あなたの中では答えがでて
いるはずよ」
「いつもの俺ならそうだが、今回に限っては半信半疑だ。疑わしい部分もあれば、
そうでない部分もある」
「では、どちらが多くを占めているの? まったくハーフではないでしょう」
珠貴の問いになるほどと思った。
そうだ、浅見くんへの疑惑は半分ではない。
疑っているほうが多いのに、口ではそうでない半分だと言っている。
鋭い問いかけに、自分の言葉の曖昧さを知った。
そして、珠貴らしさがもどってきたと嬉しくなった。