ボレロ - 第三楽章 -


「言われてみれば確かにそうだ、ハーフではない。彼女に疑いをもっている。だが、

疑いきれない。比重は……疑っている方が重いだろう」


「ほら、やっぱり彼女を疑っていたんじゃない。ねぇ、考えてみて。 

あなたに堂本さんを信じる理由は何かと聞いたら、どう答えるつもり?」


「それは……堂本には疑う余地がないからだ。昨日だって彼の働きがあったから、 

こうして無事にいられたと言ってもいい」


「ふふっ、思ったとおりだわ。自分が信じることを相手に否定されたら、そうじゃ

ない、こうですと懸命に肯定するでしょう?

でもね、あなたがどれほど懸命に堂本さんを信じる理由を並べても、私は疑わしい

思いを払拭できないの。

浅見さんも堂本さんも、見方が異なれば怪しくも思えるし、その反対でもあるわ。

一方向からの見解は過ちを招くわ。お互いの考えを尊重しながら見直しましょう」
 

「ふっ、君らしくなってきたな」


「えっ?」


「いつもの珠貴らしくなってきたよ。疑問に思ったことは納得のいくまで確かめる。

自分の意見をひるまず口にする。まっすぐ前を向いて堂々としている。

気を抜くとこちらが打ち負かされてしまいそうになる」


「そんなつもりじゃなかったのよ……いいすぎたわ。ごめんなさい」


「ほら、それもそうだ。自分の非を潔く認める。だが、いまのは謝る必要はないね」


「もぉ、ではどう言ったらいいの?」


「ははっ、そのままでいいよ。君らしい」



久しぶりに珠貴の歯切れの良い発言を聞いた。

テンポよく言葉を投げる彼女に、負けじと対応するのは気分のいいものだった。


「今日のところは引き分けだ」


「私、あなたと何かを競ったの?」


「そうなるね。堂本が怪しいのか、浅見君なのか、結論はでなかったがね」


「あぁ、そういうこと」


「思い込みを避けるためにも、偏った見方をしないよう心がけよう。

彼らの言葉を鵜呑みにするのもよくないな。ひとりで判断せず、迷ったら互いに

相談すること。

これでかなりの危険を回避できるはずだ」


「わかりました」


「ここで話し合ったことも……」


「誰にも言ってはいけない。そうでしょう? わかってます、もう何度も聞いたわ」


「そんなに何度も言ったか?」


「ふふっ、夢の中でね」



珠貴の不可解な返事に首をかしげたが、彼女は納得したらしくにこやかに微笑ん

でいる。

私が彼女の夢の中に登場したらしいことだけは理解できた。
  
ひとまずこれで安心だと大きく伸びをしたとたん、軽いめまいに襲われた。

まだ疲れが残っているのね、お部屋で休んだ方がいいわ、ゆっくり休んでね、と

元気になった珠貴が私の体を気遣う言葉をかけてくれる。

誰かに心配してもらう心地良さは格別だった。

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