ボレロ - 第三楽章 -


気を取り直したとはいえ、まだ表情の固い潤一郎が全員を見回した。

穏やかさがしまわれた潤一郎の目には有無を言わせぬ凄みがただよっており、みな緊張の面持ちで報告を待っている。 

潤一郎がこの件について調べるにいたったいきさつについては、平岡や櫻井君と

霧島君へ狩野から事前に説明がなされていた。

まず……有馬総研の内部事情と、岡部真一なる人物の周辺を調べた結果です、とのべ、これらについてみなさんご理解いただいていますね、と確かめたのち報告が始まった。



「第1に、有馬総研が 『SUDO』 へ経営見直しを勧めているのは間違いありま

せん。有馬所長に心酔している香取相談役夫人を取り込んで、提案を推し進めているようです。

第2に、有馬側が週刊誌の騒動を仕掛けた形跡は見られません。 

週刊誌の報道を上手く利用して、香取夫人を誘導したと考えてよいでしょう。

第3の報告です。知弘さんのもとに、ある人物から 『SUDO』 へ注意を促す文書が届いているそうです」


「注意を促すとは?」


「有馬総研から経営方針について提案が示されるだろうが、それは貴社に損失をも

たらすものになるだろうと、こんな内容で、特に香取相談役を通じて勧められるものについては要注意であると、有馬総研の不穏な動きを密告するものです。

差出人は T とだけ記されていて、知弘さんに心当たりはないそうです。

第4の報告です。有馬総研に岡部姓の社員は存在しません。 

岡部真一という人物は、有馬が契約している外部の経営アナリストの可能性もある

のではと調べたところ……」



真面目くさった顔で報告書を読み上げるように淡々と話していた潤一郎が、ここで一呼吸おき口元を緩ませた。



「有馬総研に岡部真一という名のアナリストはいないが、柘植真一という名の人物がいたよ」


「名前が同じだな。まさか、岡部真一と柘植真一は同一人物なのか?」


「その通り」


「間違いないのか」


「間違いない。知弘さんから聞いた岡部真一の経歴と、柘植真一の経歴は一致

する」



珠貴の叔父である知弘さんなら、岡部真一の過去を知っているはずだ。

意地やプライドから、珠貴に過去に付き合った男のことを聞くに聞けずにいたが、潤一郎は他の方法で探り出したのだ。

やはり目の付け所が違うものだと私が感心しているあいだにも、意見のやり取りは活発に続いていた。

 

「岡部はなぜ名前が変わってるんだ。誰かの養子にでもなったのか?」


「そうですね。狩野さんの養子説が一般的でしょうが、もしかしたら柘植というのは、仕事上の名前かもしれませんよ」


「沢渡さん、それは少し無理があるかもしれませんね。 

作家やアーティストならまだしも、経営アナリストですからね」



櫻井君の発言にみなの顔がうなずいた。



「だよなぁ 柘植という人物の養子になったと考えるのが自然だろう」   


「柘植は珍しい苗字ではありませんが……あの柘植さんに、つながりがあるのかな?」


「霧島君、冴えてるね。あの柘植さんにつながっている」


「霧島先輩、あの柘植さんって誰ですか」



ベルンの集まりに参加できなかった霧島君は、今夜の会を楽しみにしていたらしく熱心に討論に参加している。



< 87 / 349 >

この作品をシェア

pagetop