ボレロ - 第三楽章 -
「浅見秘書には、珠貴さまは堂本秘書を疑っていると言い、堂本秘書には、
宗一郎さまが浅見秘書を疑っているらしいと伝えます。
ささやかれた人物が犯人なら、自分に疑いの目が向けられていないと知り、すぐに
でも次の行動にでるでしょう。
ささやかれた人物が犯人でなければ、自分の上司を守るために力を尽くすで
しょう。
いずれにしても、秘書が疑いを持たず言葉を信じられるよう穏やかに対応できる方
が、ささやく役をなさる必要があるのではないでしょうか」
見事な答えに賞賛の拍手が起こった。
それで、誰が秘書にささやくんだ? と狩野が見回した。
みなが自分はできないと断り、そして、全員が潤一郎の顔を見ている。
「僕はこれ以上動かないぞ、狩野、君が続きを引き受けると言っただろう」
「だがなぁ、これは潤一郎にしかできない。潤一郎だからこそできることだ」
「嫌だ、絶対にやらない」
押し問答の末黙りこくった潤一郎のもとへ、箱をたずさえた羽田さんがやってきた。
シェフの新作のデザートです、紫子さまへお土産にどうぞ……と箱が渡され、先
ほどはありがとうございました、みなさまと楽しい時間をご一緒させていただき
ました、と潤一郎へ感謝の言葉が述べられる。
箱を受け取った潤一郎に満足そうな顔を見せると、羽田さんは立ち去った。
「はぁ……このタイミングでもらったら、嫌と言えなくなってしまうじゃないか」
潤一郎のひとり言が聞こえ、わぁっと全員から歓声が上がった。
羽田さんに特別会員になってもらおうと私が言うと、全員から賛成の声が上
がった。
ふたたび姿を見せた羽田さんにその旨を伝えると、一度は辞退したが顧問では
どうかと再提案したところ、困ったような顔を見せながら嬉しそうでもあり、
非常勤でもよろしいでしょうかと譲歩案が示された。
全員の拍手を持って承認され、羽田さんは我々の会の 「非常勤顧問」 となった
のだった。
潤一郎がどのようにして秘書のふたりに 「ささやいた」 のか、それは捜査上
の秘密だから……と思わせぶりで明かしてはくれなかったが 「ささやき」 の効果
は、ほどなく形となってあらわれた。