ボレロ - 第三楽章 -
潤一郎と紫子が沢渡夫婦とともに別荘で秋の休暇を楽しんでいる頃、私の周辺は
にわかに騒がしくなった。
こちら都合などお構いなしの待ち伏せの取材や、無神経に投げられるリポーターの
質問に答える気などさらさらなく、無表情をたたえ無言を貫いていたが、ときには
神経を逆なですることもあり、いらだつ感情を抑えるための忍耐を強いられること
も少なくない。
予想していたとはいえ、執拗な取材攻勢にうんざりしていた。
想定外だったのは 『SUDO』 側にも取材陣が押しかけ、私と同じ状況におかれ
たことだ。
潤一郎の 「ささやき」 によってかの人物が動き出したのだろう、週刊誌の紙面に
「新事実発覚」 の見出しで記事が載った。
ひとつは 「近衛副社長に責任問題が浮上している」 とあり、社内に私の副社長
辞任を促す動きがあると伝える記事だ。
もう一つは 『SUDO』 を揺るがす問題が起こる中、社長の須藤孝一郎氏の極秘
入院を伝える記事だった。
私の記事については 「社内において副社長辞任の声が高まっている」 と動向を
伝えるもので、いよいよ私の評価は地に落ちたかと思うほど散々な扱いだった。
一方、須藤社長の入院は事実であり、家族と近親者以外には入院を知らされて
いなかったことから社内外に衝撃をもたらした。
社長代行を務める須藤知弘専務が、関係各位の対応にあたっていたが、思わぬ
ことに須藤専務へ興味の目が注がれていた。
今まで表に出ることのなかった知弘さんだったが、マスコミへの対応もそつなく
こなし、社長代行を見事に務めているなど好奇心の目でとらえ、専務就任以前は
海外で貿易の仕事に携わっており、交友関係も広く大変博識な人物であると紹介
されている。
洗練された物腰と穏やかな佇まいがあり、女性社員にも人気があるなど社長入院
の報道から離れた話題も提供され、知弘さんがプライベートを明かしていないこ
とも、ますます興味を引く要因になっていた。