ボレロ - 第三楽章 -
相手の次の動きを注意深く見守ることとし、出方次第ではこちらも動かなければな
らないだろうというのが今の私たちの考えだった。
次は何を仕掛けてくるのだろうかと私が問うと、珠貴はそれがわかれば苦労しませ
んと笑いながらも、でも身構えておく必要があるでしょうねと、冷静な返事が
返ってきた。
大勢が集う華やかな席で、まさかこんな話がかわされているとは誰も思わないだ
ろう。
ひな壇では幸せな顔の二人が祝福の言葉を聞いている。
今日は霧島君と美野里さんの結婚式だった。
私と珠貴は、新郎側新婦側に別れてはいたが友人として出席していた。
平岡の顔も見えたが今日の彼は新婦側の親族席におり、新婦の従兄弟として
挨拶に忙しい様子だった。
披露宴が進むにつれ賑やかさがまし、より密な話ができる環境になっていた。
珠貴が私の隣りに座っても気にとめる人などいない。
けれど、周囲を気遣い、声のトーンは極力抑えた会話を心がけた。
「思った以上の効果がでたな」
「えぇ、まさか。二誌に働きかけるとは思わなかったわね」
「それだけ大胆になっているんだろう。だが、須藤社長の入院が漏れるとはね、
彼らも知らないはずだが……」
「社長不在が長引けば、いずれわかったことよ。遅いか早いかの違いだけだわ」
「……それで、社長の様子は? 疲労だと聞いたが」
「えぇ、報道されたとおり疲れからくる体調不良よ。でもね、本当は違うのでは
ないか。重篤な病状ではないのかなんていわれてるわ。
知弘さんがいくらそうではありませんと否定しても、否定すればするほど疑いの目
は大きくなるの不思議なものね」
いつもより華やかなメイクが、珠貴の顔立ちを引き立てている。
彼女の気性を示すようなはっきりとした眉が、父親の病状の話のあいだは不安の
曲線を描いていた。
知弘さんに任せておけば大丈夫だよと、背に手をあてて励ました。
背中が大きくあいたドレスは、姿勢の良い彼女によく似合っている。
触れた肌から手を離すことなく、背骨に添って首筋まで肌を伝う。
軽く睨んだ珠貴の目が私の手の動きを戒めた。
苦笑いを返したが、このまま別室へと誘いたい気分を押し込めるのに数秒を要
した。
「でも、おかしいと思わない?」
「なにが」
「私たちにダメージを与えるのなら、もっとインパクトのある話題があるでしょう」
珠貴が顔を寄せて耳元でささやいた。
「知弘さんと静夏ちゃんのことよ」 と……
このような席でなかったら、間違いなく彼女の首へ唇を乗せるのに残念だなどと、
よからぬ事を考えながら珠貴の言葉に大きくうなずく。
「彼らは二人のことを知っているのよ。なのに、どうしてマスコミに流さないの
かしら。社長の入院より話題性があるはずよ」
「言われてみればそうだな……最後の切り札として、流すタイミングを計っている
のかもしれない」
「そうかしら、私なら真っ先にマスコミに流すわ」
珠貴のいうことはもっともだった。
須藤専務に交際相手がおり、しかも妊娠中で存在を隠すように海外に滞在中であ
り、相手の身元が近衛の娘だとわかったら、近衛、須藤両方にとって間違いなく
スキャンダルとなる。