ボレロ - 第三楽章 -


「伊豆の祖父が、知弘さんに急ぎ結婚するよう勧めたそうよ」


「会長が?」


「えぇ、籍が入っていれば、もし記事などで事実が明らかになっても、説明がつく

だろうと祖父は考えたみたい。悪いタイミングで親族にも知られてしまったで

しょう。反発も大きくて……

赤ちゃんが生まれるとわかっても、二人の結婚は認めませんと言う叔母たちもいる

のよ。 

保身のために反対を唱える身勝手な親族から、二人を守る意味もあるのでしょう

ね。静夏ちゃんのご両親にもお話して、同意を頂いたと言っていたわ。近々正式

に入籍ということになるはずよ」


「その方がいいだろう。当初の予定と現在の事情が変わったからな」


「そうね、私たちのために二人は入籍を先送りしていたんですもの、これでご両親も

安心されるでしょう」
   

「しかし、息子は退陣間際、娘はスキャンダルにさらされるかもしれないとは親父

たちも大変だ。ふがいない息子で申し訳ないよ」


「あなたらしくもないわ、そんなふうに言うなんて」


「こう立て続けに騒動が起こったんだ。弱気にもなるよ」



労わるような目が私を見ている。

すうっと体を寄せたかと思ったら、ドレスのすそに隠すようにして珠貴は私の手を

握り締めた。絡めた指を確かめるようになぞると同じような仕草がかえってくる。

こんな場でなければ彼女の膝に頭を預け、ひと時の安らぎを求めるのだがそうも

言ってはいられない。

甘えたい気分を払いのけるために力強く手を握り締めた。

私の気持ちが伝わったのだろう、珠貴の顔に安心した笑みが見えた。



「浅見さん大変そうよ」


「大変なのは知弘さんだろう」


「なにかと知弘さんが注目されるものだから、浅見さんにも目が向けられるら

しいの」



専務秘書である浅見君は、常に知弘さんに同行している。

マスコミが知弘さんを囲むとそこには必ず浅見君の姿があり、彼女は人目を引く

容姿でもあることから、秘書にも関心が向けられるようになっているということ

だった。

中には浅見君の経歴を載せる記事もあるそうで、海外勤務の経歴が一層の興味を

ひいているのだと珠貴は浅見君へ同情の顔になっている。



「もし彼女が仕掛けた本人なら、こんなに目立つのは逆効果でしょう。やはり彼女で

はないと思うの」


「それはどうだろう。この時点ではなんとも言えないね」


「彼の方はどうなの?」


「特に変わったところはないが目の調子が良くないというので、ここ最近は社外の

勤務は控えてもらっている。一昨日から休暇をとってるよ。体調が悪いらしい」


「ねぇ、彼、本当に体調が悪いのかしら」


「本人がそう言うんだから、そうだろう」  


「動きが彼女とまったく逆ね。人目を避けるなんて不審よ……彼、気をつけた方が

いいんじゃないかしら」



ここにきて堂本へ疑惑が持ち上がってきた。
 
珠貴の言うように、確かに堂本の動きは不審なものだ。

二人の秘書に対し偏らない見方をしようと珠貴には言っていたが、私の中では

浅見君を疑う気持ちが大きく彼女の動向に密かに注目していた。 

よもや堂本ではないだろうと、警戒をといていたのだが……


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